本記事はThe Conversationに掲載された、アメリカのMarist Collegeでジャーナリズムを専門とするKevin M. Lerner教授による記事「Journalists believe news and opinion are separate, but readers can’t tell thedifference」をCreative Commonsのライセンスおよび執筆者の翻訳許諾の下、掲載するものです。
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ニューヨークタイムズのオピニオン編集長ジェームズ・ベネット氏は最近、トム・コットン米上院議員が寄稿した抗議活動に対し米軍による鎮圧を呼びかけるエッセイを同紙に掲載したことを受けて辞任しました。
同紙の若手記者だけでなく、一般の人々もこの掲載に対しては怒りを爆発させました。彼らの多くは、同紙の経営責任を問うソーシャルメディア運動に参加し、事実に基づく訂正とエッセイのどこが間違っていたか説明する編集長による正式な文書の開示を求めました。
結果として社員の批判によりベネット氏は退社を余儀なくされました。
コットン氏のエッセイはニュースページではなく社説ページに掲載されました。この点が今回の出来事の肝となる部分なのですが、よく理解していない状態で批判の矛先を新聞全体に向ける人が多いことは事実です。この出来事は長年存在する次の疑問を社会に投げかけています。報道のニュースと社説の違いは何なのでしょうか?
新聞のニュース部門で働く記者は、社説部門から完全に独立しているというのがアメリカのジャーナリズムの信条です。しかし、多くの読者にとって、ニュースと社説の区別は、ジャーナリストが思っている程明確なものではないでしょう。
また、アメリカのニュース消費者はニュースの客観性という理想を抱えているため、ニュース報道に各社の意見が反映されるという考えは、読者に「記者には政治的な意図があるのではないか」という疑念を抱かせ、それが記者や報道機関の信頼を損ねる可能性があります。
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