【書評】異質なモノをかけ合わせる編集思考で、脱「おっさん」を目指せ・・・佐々木紀彦『編集思考』

「異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す 編集思考」は、NewsPicks初代編集長で、現在は映像部門のNewsPicks StudiosのCEOである佐々木紀彦氏の手による著書。MIの読者には、佐々木氏の経歴を改めて紹介するまでもないでしょう。 目次 セレクト·コネクト·…

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【書評】異質なモノをかけ合わせる編集思考で、脱「おっさん」を目指せ・・・佐々木紀彦『編集思考』

異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す 編集思考」は、NewsPicks初代編集長で、現在は映像部門のNewsPicks StudiosのCEOである佐々木紀彦氏の手による著書。MIの読者には、佐々木氏の経歴を改めて紹介するまでもないでしょう。

セレクトコネクトプロモートエンゲージの4ステップで構成される編集思考

編集者としての仕事への取り組み方いわば「編集観」については、これまで様々な“名物編集者”が語ってきたところですが、本書では「編集で培われる思考のフレームワークを、いかにビジネス(事業)視点で活用するか」をテーマに据えています。日々コンテンツづくりに携わっている人であっても、「そもそも編集とは何か?」を自問する機会はなかなかないものですが、ましてや編集的な視点でビジネスを結び付けるというのは、あまりにも両者が異質なものであるがゆえに思い及ぶことは少ないかも知れません。

さて、本書の主題は第2章の「編集思考とは何か」で詳しく書かれています。

まず、佐々木氏は編集という行為を「素材の選び方、つなげ方、届方を変えることによって価値を高める手法」と定義します。すなわち、「すべては素材の「選び方」「つなげ方」「届け方」次第。優れた編集によって、その価値は何倍に高まるのです」(535;数字はKindle版の位置番号。以下同じ)。その「異質のモノをかけ合わせる」という編集の考え方そのものが、ビジネスを生み出し成長させる推進剤になり得るというのです。

さらに、編集のプロセスを「セレクト(選ぶ)」「コネクト(つなげる)」「プロモート(届ける)」「エンゲージ(深める)」という4つのステップに分けたうえで、各ステップにおける「法則」を明示して、実践の手助けとしています。「この(4ステップの)思考のフォーマットさえインストールできれば、日常のあらゆるものが編集次第で価値を高められる「素材」に見えてくるはずです」(570)

フレームワークだけでは成功できない

続く第3章第4章では、4ステップの編集思考フレームワークに則って自社(NewsPicks)そして、ディズニーやNetflix、(ミソが付いてしまいましたが)WeWorkなどの事業展開を解説分析。たとえばNewsPicksであれば「セレクト」視点では経済コンテンツへの特化、「コネクト」視点では「ビジネス×コンテンツ×テクノロジー」のプラットフォーム構築、「プロモート」視点では日経新聞に「さら、おっさん」と題した全面広告で物議をかもした話題化戦略、そして「エンゲージ」視点では、「リアル」回帰トレンドに乗ったコミュニティづくりなど、といった具合です。

ところでここまで説明すると、あたかも編集思考があらゆる事象に応用できる魔法のようなフレームワークのように思えてきてしまいますが、ビジネスの現場ではその実践は容易ではありません。というのも、編集思考によってビジネスアイディアを構想できたとしても、その実行に際してはたいていの場合、予算リソース合意形成といたさまざまな制約や障壁が立ちはだかるものだからです。そこで第5章は編集思考のエグゼキューションに必要なスキル修得の手法論が語られます。佐々木氏は「編集思考の土台となるリソース」として、「教養」「人脈」「パワー」の3点を挙げる(2615)。このあたり、社内政治を乗り越えていくため処世術として見てもなかなか示唆に富んでいると言えるでしょう。

メディアは編集思考を働かせているか?

ここまで、編集思考によるビジネス実践について要約しましたが、それにしてもなぜここまで編集思考にこだわる必要があるのでしょうか。佐々木氏はその問題意識について、次のように端的に述べている。

日本人は、下手をすると生まれてから死ぬまで縦割りの世界で暮らせてしまいます。画一的な大量生産大量消費の時代はよかったですが、今のように多様な価値観が求められる時代には、その弊害が強く出て、閉塞感の原因となってしまっています。だからこそ、横串で物事をつなぐ『編集思考』を備えた人が渇望されている」(334)

裏を返せば、編集思考の欠乏こそが日本低迷の要因の一つとしても考えられます。

さらに佐々木氏は、日本の低迷はメディアも大きな責を負うべきと厳しく指弾します。「経済の担い手である民間側も振るいません、低迷の責を負うのは、文化の担い手たる出版社、新聞社、テレビ局などのメディアです。このセクターほど、経済音痴、テクノロジー音痴なところは珍しい。私は日本の3大ガラパゴス分野は、政治、教育、メディアだとつねづね主張していますが、メディアの変化の遅さが、日本全体の変化のスピードを遅らせてしまっています」(407)

本来、「編集」を生業とし、どこよりも編集思考をめぐらせておくべきメディア業界自体が、編集思考が欠如しているという逆説的な現状を皮肉っているのです。

先に「さよなら、おっさん」というNewsPicksの広告について触れましたが、ここでいう「おっさん」とは、単なる年齢的な定義ではありません。「古い価値観やシステムに拘泥し、新しい変化を受け入れない。自分の利害のことばかり考え、未来のことを真剣に考えない。フェアネスへの意識が弱く、弱い立場にある人に対し威張る」(1649)人を指しています。本書は、「異質のモノをかけ合わせる」ことから生まれる戦略思考によって、「おっさん的価値観」を突き崩していくための指南書とも言えるのです。

《北島友和》

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北島友和

大学院修了後、約4年の編集プロダクション勤務を経て、2006年にイード入社。およそ10年間、レスポンス・RBB TODAY等の編集マネジメントやサービス企画を担当。その後2016年にマーケティングコンサルティング会社に転じ、メディア運営の知見を生かした事業会社のメディア戦略やグロース支援にプロマネとして携わるほか、消費財メーカーの新規事業・商品企画・コミュニケーション戦略立案等の支援に従事している。

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