『2050年のジャーナリスト』下山進氏に聞く、持続可能なメディアとこれからのジャーナリストの姿

メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた下山進氏。その下山氏が、2019年に出版された『2050年のメディア』(文藝春秋)に続き、メディアの変革期に生きる人々の列伝『2050年のジャーナリスト』(毎…

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メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた下山進氏。その下山氏が、2019年に出版された『2050年のメディア』(文藝春秋)に続き、メディアの変革期に生きる人々の列伝『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版)を出版しました。下山氏が考える、未来のメディア・ジャーナリストが備えておくべき資質や条件とは? 存分に語っていただきます。

下山 進(しもやま・すすむ) 
メディア業界の構造変化や興廃を、緻密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋 2019年)として上梓した。一九九三年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善 1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)。『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)では、病気の進行に直接介入する疾患修飾薬「アデュカヌマブ」の開発にいたる30年の研究史をまとめ、出版後、同薬が米国で承認されたことで大きな話題となっている。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。上智大学新聞学科非常勤講師。サンデー毎日で2ページのコラム「2050年のメディア」を連載中。

写真: 毎日新聞出版社提供

時流を正しく理解するには「必ず原典に当たれ」

―――2021年9月出版の『2050年のジャーナリスト』は『2050年のメディア』の続編という位置付けでしょうか。

そうです。『2050年のメディア』は、この20年のメディアの大きな変化を通史で描きましたが、『2050年のジャーナリスト』は列伝です。インターネットが登場し、グーテンベルクが活版印刷を発明して以来の変換期がメディアに訪れていますが、その変化の中に生きている人たちひとりひとりにフォーカスした内容です。

インターネット上のラジオのポータル「radiko」を立ち上げた朝日放送の天才エンジニアや、地域のビジネスのプラットフォームへ「新潟日報」を脱皮させた元角栄番の記者、あるいは新聞ではうまくいかなかったデジタル化を、有料サブスクモデルの採用という形で日本テレビをV字回復へと導いた人物など、経営者から一線の記者まで、多士済々。

国内だけではなく、海外のメディアからも登場します。たとえば英週刊誌の「エコノミスト」のデジタル戦略担当のトム・スタンデージ。1970年代には25万部だった英エコノミスト誌が現在150万部にまで増えていっている秘密は何か? を語っています。

――― 少し前に話題を呼んだ静岡新聞の話もありましたね。

静岡新聞のイノベーションリポートは発表時にいろんな人が取り上げていて、地方紙にいる友人たちが「すごい」と評価していたんですよ。なので、実際のレポートを読んでみました。ところが具体的なことが何一つ書いてなかった。カタカナ語がやたらと多いし、よくわからない。なので社長の大石剛さんに直接話を聞きに行ったんです。そうしたら「WiL」というベンチャーキャピタルが主導して書いたという裏事情が分かってきて。

ニューヨーク・タイムズのイノベーションリポートは、なぜ、タイムズがうまくいっていないかその理由を、社全体が紙の新聞を毎朝出すことを前提としてつくられているからだ、とはっきり書いて、紙中心の経営を根本から改めることを提案していました。静岡新聞のそれは、デジタルトランスフォーメーションを進めたニューヨーク・タイムズのイノベーションリポートとは似て非なる物であると、この本のもとになったサンデー毎日の連載に書いたんです。

そうしたらあの回は不評で、地方紙の人たちのみならず、連載を決めてくれたサンデー毎日の元の編集長からも「厳しいですね」と言われました。半年後にフライデーが大石社長のW不倫問題を写真付きで報じます。そうすると、大石さんは社長を辞任し、社長の側近からこれまで威勢よく送られてきていた「企業変革のとりくみメルマガ」はぴたりやみます。そうなってようやく、前回の私の原稿を「やっぱり下山さんの見方は正しかったんだ」と評価してくれると、いう(笑)。

ただ、大石さんは、代表取締役顧問として代表権は手放してない、なので、もう一回「経営から手を引き、オーナーとして所有するだけにしてはどうか」と書きました。ワシントン・ポストのように所有と経営の分離をはかるということです。これで静岡新聞とは縁が切れたかなとも思ったんですが、編集局は社長とはまったく別の考え方をしていたことは、共同通信が配信した「新聞の未来」という私のインタビューを後の8月18日の紙面に、全面を使って掲載してくれたことで、よくわかりました。

この静岡新聞の一件で大切なのは、原典にあたるということです。「ニューヨーク・タイムズのイノベーションリポートの静岡新聞版」という言葉に惑わされず、両方の文書を原典をあたって読むと、おのずとその背景がみえてきます。

新聞やテレビ局からスクープが出ない理由

―――週刊誌が新聞やテレビ局の批判をしても、新聞・テレビ側はまったく意に介さない体を貫いていましたよね。

出版社は新聞協会にも記者クラブにも加入していないし、員数外という感じでしたよね。週刊文春の役割は大きかったと思います。NHKも週刊文春の引用をする際には必ず「週刊文春によれば」と冒頭につけるようになりました。以前は「某週刊誌」のような扱いだったのですが。ただ、新聞やテレビ局からはスクープが出にくくなり、引用して報道するしかなくなってきているというのも感じます。

―――記者クラブの独占状態が崩れてきているということですか?

いえ、むしろ新聞とテレビが記者クラブにいるからこそ、週刊文春はスクープができるんです。日本の新聞の標準は、官僚やサツカン(警察)から情報をもらいうけて書く「前うち」が基本でした。しかしそれはいずれ出る情報に過ぎないので、ヤフーがポータルとして成立する2000年代以降は、そうした記事は競争力を失っていたんですよね。また、そもそも、官僚や警察がもっている情報を先に書くことにどんな意味があるでしょう? 記者クラブのシステムの外にいるからこそ、週刊誌は、総務省の接待問題も正面から書くことができるんです。

―――下山さんは、記者クラブ取材から抜け出すことが、持続可能なメディアの必須条件と言っていますよね?

記者クラブでの取材は、A社もB社も皆同じ方向を向きます。しかし、今は、そのメディアでしか読めない記事を出して、購読料収入をとって成立させていくことが、持続可能なメディアのための必要条件なのです。

――― 広告についてはどうお考えでしょう?

広告料に100パーセントたよっているメディアは今後どんどん難しくなってくると思います。
たとえば、民放のローカル局の決算を見ると、優等生と言われた「大分朝日放送」でさえも、前年の5分の1の売り上げが2020年度にはふっとんでいるんですね。一方、地元の情報やニュースの専門チャンネルをふたつも持っているユニークな米子のケーブルテレビ局「中海(ちゅうかい)テレビ放送」は、ずっと増収を続けています。2020年度決算も、前年より2億3000万円増えた56億2400万円を売り上げています。これは、月2400円から4200円の契約料に支えられる購読料モデル(サブクスモデル)だからこそです。

地方から続々と生まれる「そこでしか読めないもの」

「中海テレビ放送」は、ニュース以外にもそこでしか見ることのできない番組をつくっています。

2001年から始まり現在も続く、月一回放送の『中海(なかうみ)物語』はそのひとつです。

中海は、宍道湖の隣にある汽水湖で、戦後の干拓事業と生活排水でものすごく水質が悪くなってしまった。それを干拓事業が中止になったことをきっかけにして、中海テレビ放送は2001年に、湖の浄化にとりくむという番組を始めました。10年で人が泳げる湖にするという目標を地域の人たちとともに掲げ、2011年には、「ぎりぎり人が泳げる」水質までに回復し、オープンウォータースイムの大会が開かれる。今日では赤貝の養殖も始まり、中海はずいぶんときれいになりました。地域の人たちとともに課題解決型の番組をつくったわけです。

現在中海テレビ放送は鳥取西部をカバーし、5万5千世帯が契約しています。世帯カバー率は58%にもなります。CMも取っているけど、ステークホルダーはスポンサーではなく地域住民ということがはっきりしています。だからコロナ禍でも、持続可能だったというわけです。

―――素晴らしい取り組みだと思いますし、電力事業も行っているんですよね。

そうなんです。立ち上げの時から優秀なエンジニアが経営に関わっていたことも、大きなポイントです。新技術が出てきたときに、戦うのではなく使いこなせるかどうか。インターネットが出てきたときは、新聞のようにそれと戦うのではなく、ゲーブルテレビ網もつかっていち早くプロバイダーとして事業化していきました。電力事業は、電力小売の自由化がされると同時に再生可能エネルギーをつかった地産地消のChukai電力のサービスを2016年から始め、これも収益に寄与しています。

守られ膨らみすぎた既存メディア。ジャーナリストは「識見を深めよ」

―――新聞社が変われないのは何が問題なのでしょうか?

デイヴィッド・ハルバースタムが言うところの「覇者の驕り」でしょうね。販売店を全国に広げて部数と広告収入を増やすビジネスモデルがあまりにうまくいきすぎたのと、電子版の有料化のタイミングを見誤り、その意味がよくわかっていないということだと思います。例えば朝日新聞であれば「ウィズニュース」などの無料メディアも同時に運営している。そうすると、読者はわざわざお金を払って新聞の電子版を読もうとは思わないじゃないですか。

軽減税率の適用や、日刊新聞法によって商法で定められている自由な株の譲渡が制限されていること、さらに記者クラブと、様々な規制に守られて、他の業種からの参入がしにくくなっていることも、変化が起こりにくい大きな要因ですよね。

―――日本のメディアとニューヨーク・タイムズを比較すると、日本は多角化、ニューヨーク・タイムズは焦点を絞っていくいう発想で事業に取り組んでいるといると書いています。

そうですね、ニューヨーク・タイムズはリーマンショック後、ビジネスモデルが持続可能ではないことに気づき変えていくわけです。2011年から過去に買収したボストン・グローブや放送局を売却し、コアな価値に経営を収斂させていくんですよね。それはタイムズの質の高い報道を有料デジタルでとってもらうということです。朝日新聞はそれに対して「みなさまの豊かな暮らしに役立つ総合メディア企業」 とあれもこれも手を出しているという感じです。

―――これからのジャーナリストの姿はどうあるべきでしょうか?

朝日新聞社が出す「月刊ジャーナリズム」から「途方に暮れている若いジャーナリストに向けて、希望を与えるような文を書いてほしい」という依頼があったのですが、実際途方に暮れているのは経営者や幹部ですよね。

若い記者に向けては「自分でなければできないこと」を深く考えていけば、組織が倒れたとしても食っていけるということを書いています。人々は書き手の識見が色濃く出た文に惹かれるので、識見が広く受け入れられるようなジャーナリストを目指せばいい。特ダネを追ったり前うちばかりやっていては、識見を深めるための読書もできません。

―――人生100年時代の今、メディアに関わる人やジャーナリストは一生働き続けられる気がします。

そうですね。逆にメディア企業に長くいると、独立できないジャーナリストになってしまいます。本当はもっと多くの本を書けたはずの人が、長く勤めすぎて体調を崩してしまったり、役員になったとしても65やそこらで職業人生は終わりです。僕は17年に退職を考えて19年に文藝春秋を辞めましたが、もっと早く辞めればよかったと思ってます(笑)。

今メディア業界に起こっていることは、90年代から日本の金融業界に起こったことと同じだと思います。規制下で超過利潤を受けていた業界がたどった道を、日本のメディアも同じようにたどっている。でもそれは個人にとってはむしろチャンスなんです。様々な形のジャーナリズムが外にはありますし、実際新しいメディアがどんどん生まれています。テクノロジーを軸にしたメディアの姿を伝えるというこのMedia Innovationもそのひとつですよね(笑)。

《小田恵》

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小田恵

小田恵

フリーランス編集者/ライター。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科卒業後、デザイナーとして広告代理店に勤務したのち、編集プロダクション、駐在員および帯同家族向けの情報誌を発行する海外メディアに編集者として勤務。現在は中小企業経営者や女性自立支援団体へのインタビューを手がけながら、企業の新サービス提供のためのコンテンツ視覚化の手引きもなども行う。

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