出版社が技術を手に入れた先にあるもの、講談社が設立したKODANSHAtech長尾氏に聞く

9月25日に開催する半日間のオンラインカンファレンス「Publishing Innovation Summit 2020」では、世界の先進事例を元にパブリッシャーの未来について議論します。 講談社は2020年2月にデジタルメディアの研究・開発に特化した新会社「KODANSHAtech」を立ち上げました。…

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9月25日に開催する半日間のオンラインカンファレンス「Publishing Innovation Summit 2020」では、世界の先進事例を元にパブリッシャーの未来について議論します。

講談社は2020年2月にデジタルメディアの研究・開発に特化した新会社「KODANSHAtech」を立ち上げました。これは社内でデジタルメディアの成長を担ってきた「techチーム」を母体としたものです。この新しいチームを率いる長尾 洋一郎氏が本イベントで『「情報に『物語』を与える集団」としてのパブリッシャーの逆襲 ~出版はデジタルで抽象化する~』と題して講演します。

「KODANSHAtech」が設立された背景や、長尾氏が見据える未来について聞きました。

長尾 洋一郎(KODANSHAtech合同会社ゼネラルマネージャー、株式会社講談社第一事業局第一事業戦略部副部長事業戦略チーム)
1982年生まれ。東京大学で数学を学んだのち講談社入社。文芸局(当時)で小説の単行本編集を経験したあと、週刊現代編集部へ。雑誌ジャーナリズムの現場で硬軟多様なテーマを取材。2017年、現代ビジネス編集チームに異動、ウェブメディアに関わる。2018年、社内エンジニアリング集団・事業戦略チーム(通称「techチーム」)発足。2019年、同チームの法人化を提案、KODANSHAtech合同会社を旗揚げ。

―――KODANSHAtechはどのような経緯で設立されたのでしょうか?

私は講談社に入った当初、文芸局(当時)で小説の単行本編集に携わり、その後、異動になって6年間「週刊現代」の編集部に所属していました。本格的にウェブメディアに触れたのは、3年前に「現代ビジネス」に異動してからです。そこで仕事をする中で、「技術を外部に頼りっぱなしでいいのか?」という疑問を持ち、「techチーム」という社内のエンジニアを集めた組織を立ち上げ、次第にさまざまなウェブメディアを横断的に支援するようになりました。

しかし、雑誌発のウェブメディアなど社内にも多様なメディアが存在する中で、さまざま案件にコミットしていくためには、チーム自体を拡大していく必要があります。そのためにはエンジニアの方々の参加を増やしていかなければなりません。講談社に正社員として入ってもらうという選択肢も想定はできましたが、既存の組織体系・評価体系の中で、エンジニアらしい働き方を構築するのは、非常にハードルが高いと感じました。そこで、エンジニアの方々に働いてもらいやすい組織形態の新会社を立ち上げた方がいいのではないかと考えたのが、会社設立の理由です。

―――採用は順調なのでしょうか?

お陰様で応募も沢山いただていて、既に10月までには15人規模になる予定です。また、来年度には25名規模にしたいと考えています。エンジニアリングとして実験的なことにも果敢に取り組んでいただきたいと思っていますが、同時に、講談社やメディアという仕事に興味を持ってくれて、講談社が生み出していくコンテンツに自分たちの技術を乗せて、新しい体験を生み出してみたいと思っていただける方に、是非加わって欲しいと思っています。

―――出版社でも技術までコミットする必要があるということなのでしょうか?

その通りです。ウェブメディアは雑誌的に捉えられがちですが、書籍を作る事に近いと思っています。たとえば小説作品を読者に届ける過程を考えると、まずは作家が作品、つまりコンテンツそのものを生み出しますが、編集者はそこで、コンテンツ作りに伴走し、その後は表紙、紙、印刷、帯など、コンテンツをパッケージングするさまざまなものを総合的にプロデュースしていきます。もちろん、各ステップにプロがいて、装丁なら装丁家がいるわけですが、編集者も一定程度、どのようにその過程が行われるのかを理解した上でプロにお願いしているわけです。こういう紙を使えばこういう仕上がりになり、この印刷だったらコストがこれくらいかかるけど見栄えはする、というような事ですね。

本来は、ウェブもこれと同様で、技術を知る事で、コンテンツの見せ方や届け方の新しい可能性を発想する事ができるはずです。出版社に入れば、書籍や雑誌の作り方は基礎から叩き込まれる機会があるわけですが、ウェブは新しい存在で、そうしたカリキュラム化もされていません。しかし、ウェブをやるなら同様に、ウェブの作り方を理解する、すなわち技術を一定程度、理解することは必須ではないかと思います。

―――出版社が技術を手に入れた先にどんな未来があるのでしょうか?

私見ですが、いま、世の中のあらゆる業態が抽象化の過程にあると考えています。日本語で「出版社」は版を出す会社、英語で言う「パブリッシャー」は公に届けるという意味が込められています。小説を書籍に仕上げるように、コンテンツの価値をパッケージ化してユーザーに届けるのが伝統的なコンテンツプロバイダーの仕事でした。ここには「パッケージ化」と「届ける」という2つの付加価値があったのですが、どちらも危機に瀕していると考えています。

「パッケージ化」の観点では、従来は出版人の自意識として、編集者には目利きの能力があり、クリエイターとガチで戦うことで、コンテンツの価値を高める能力があると自負してきました。しかし、コンテンツ作りが民主化されて、世の中に発信されるコンテンツの大半が、従来の考え方でいう「プロ」が作ったものではなくなり、目利きに価値を感じる人も少なくなってきました。出版社はクリエイターから搾取しているとまで言われる事もあるほどです。

もう一方の「届ける」という観点でも、書籍や新聞であれば印刷や流通、テレビであれば放送設備に大規模な投資が必要でした。それがデジタルによって、誰でも技術を使えば、コンテンツを大規模に拡散することができるようになりました。

つまり「価値をパッケージ化して届ける」という従来のコンテンツプロバイダーの仕事は、その根幹から危機に瀕しているわけで、私たちは自分たちの仕事を改めて抽象化してとらえなおし、その中でこれからも求められる価値とは何かを見つめ直す必要があります。

それを考える前提としても、技術への理解が必要です。抽象化したコンテンツプロバイダーの役割をビジネス化するプロセスでは、何らかの形でプレイヤーを抜け出してプラットフォームにならないといけないと考えています。例えば、講談社が培ってきたメディア作りのノウハウを一定のツールに落とし込んで、メディア的な活動をする人は、誰もがそのツールを使ってくれるようになる、というような考え方で、自分たちの価値を再定義していく必要があるでしょう。

Media Innovation Summit 2020のチケット等はこちらから

《Manabu Tsuchimoto》

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Manabu Tsuchimoto

デジタルメディア大好きな「Media Innovation」の責任者。株式会社イード。1984年山口県生まれ。2000年に個人でゲームメディアを立ち上げ、その後売却。いまはイードでデジタルメディアの業務全般に携わっています。

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