2020年10月、ドイツのパブリッシャーであるアクセル・シュプリンガーが、2015年に創業したMorning Brewというスタートアップを約85億円(7500万ドル)で買収しました。起業したのはミシガン大学に在籍していたアレックス・リバーマン氏とオースティン・リーフ氏の2人。自分達のような学生にも分かりやすくニュースを伝えたい―――という思いで始めたニュースレターはまたたく間に数百万人が購読する規模となり、欧州を代表するメディア企業による買収に帰結する事になりました。
Morning Brewが提供するのは名前の通りで、毎朝の一杯のコーヒーのような気楽さで、日々起こっているニュースを知るためのニュースレターです。製品を設計する際に2人が学生仲間にインタビューしたところ「就職に向けて、両親を見習ってウォール・ストリート・ジャーナルを読んでいるが、中味が濃くて、退屈で、長すぎて隅から隅まで到底読めない」と版を押したように同じ答えが返ってきたそうです。
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トランプ氏の新会社、フェイスブックのインドでの失敗など幅広いビジネスパーソンに関心のある話題を、短く簡潔な文章(500文字から多くとも1000文字)で解説。同じく新興メディアとして支持されるアクシオスのSmart Brevityを彷彿とさせます。毎朝4-5本の記事が詰め込まれて、メールボックスに送られます。おまけにクロスワードやクイズもあり、一杯のコーヒーを相棒に毎日メールを開くのに最適な構成が意識されています。
目次
メディアのビジネスモデルの転換を
「ニューヨーク・サンが誕生してから184年、私達は新しいニュースビジネスの革命に立ち会おうとしています。古いビジネスモデルの逸失を悼む時間は終わりました。今こそ次の2世紀を見据える時です」と語るのはSubstack(サブスタック)の創業者のハミッシュ・マッケンジー氏です。ニューヨーク・サンは当時の競合の1/6の価格(1ペニー)で新聞を売り出し、大量の広告を販売し回収するという今に続くビジネスモデルを発明し大成功を収めました。
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広告モデルは200年間に渡ってメディアビジネスを支えましたが、インターネットでは一部のプラットフォームが広告を寡占し、ビジネスモデルが危機に瀕しています。ニュースレターのプラットフォームであるSubstackが目指すのは、サブスクリプションという少しだけ新しいビジネスモデルでニュースの未来を救うことです。また、1セントの新聞のように大量の情報の洪水でユーザーを困惑させるのではなく、質の高い絞り込まれた専門性の高いコンテンツを適切な読者に届けることです。
ニュースに新しいビジネスモデルを実現する事を目指すSubstackですが、同社によれば2021年8月の時点で25万人の有料会員がいて、上位10社のパブリッシャーは年間700万ドルの収益を上げているということです。収益のうち、プラットフォームとしてのSubstackは10%を、決済手数料で3%が差し引かれますが、書き手が87%の収益を手にし、「ライターが独自のメディア帝国」を作る基盤になります。
Substackに飛び付いたのは腕に自信のあるジャーナリストや編集者でした。新型コロナウイルスという非常事態もあり、職を失う危機を感じた人たち、自分たちで確固たる収益源を確保しようと決意した人たちが続々とSubstackを目指しました。CNETやVergeで活躍したケイシー・ニュートン氏はビッグテックについて論じる「Platformer」を、ウィークリースタンダードやナショナルレビューの元編集長らは政治を伝える「The Dispatch」を、フォーチューンで執筆していたポリナ・マリノバ氏は人物について掘り下げる「The Profile」を立ち上げ、それぞれ数ドルで数千人の購読者がいます。
広告を中心としたビジネスモデルは、PVを追求するモデルに帰結する事が多く、その弊害として、ウケるネタへの偏重、中身よりタイトルの重視、不十分な取材などが執筆者にものしかかってきます。大メディアに所属していても、個人名で勝負できるジャーナリストや編集者が、経営的にも不安定になった企業を脱して、Substackに活路を見出すのは自然な事でしょう。
読者と直接的な関係を結ぶ
ニュースレターをめぐる動きとして2021年はプラットフォーマーによる参入ということも挙げられます。ツイッターがRevueを買収し、サイトへの統合を進めています。米国限定ですがフェイスブックもBulletinというニュースレターサービスを開始。グーグルもMuseletterというツールを開発していると伝えられます。
一気にプラットフォームの熱い視線を集めたのは本質的にニュースレターがプラットフォームを回避する性質を持っているからでしょう。ユーザーのメールボックスに届くニュースレターは一度登録さえしてしまえば、他の誰かに邪魔される事がありません。プラットフォームの、利便さを提供すると同時に、コンテンツを選別し、ユーザーに届くものを支配するという機能をスルーする存在なのです。中抜きを阻止するためには自らニュースレターを届ける機能を提供しなくてはならないということです。
発信者にとってニュースレターの価値はまさにここにあります。一度、読者と関係を結んでしまえば、誰にも邪魔されずに毎日コンテンツを届ける事ができる。擬似的ではありますが、一対一の関係が作れる稀有なプラットフォームがニュースレターです。
個人の書き手だけでなく、メディア企業にとってもこの性質は魅力的です。コンテンツの流通経路を独占できたメディアだけが歴史上、繁栄してきました。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ビジネス・インサイダー、アクシオスなどはみなニュースレターに注力し、数十種類を発行しているメディアも珍しくありません。新型コロナウイルスの感染拡大時にも各社がすぐにニュースレターを立ち上げたのが印象に残っています。話題性のあるトピックも活かしながら読者増に努めています。
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読者を拡大した次は収益化です。ちょうどニューヨーク・タイムズは9月から一部のニュースレターをサブスクリプションの購読者限定にすることに踏み切りました。同社は50のニュースレターを発行し、1500万人の読者がいるそうですが、うち11を購読者限定にして、最も注力しているサブスクリプションの拡大に繋げようという狙いです。ニュースレターで毎日メディアに接している読者はサブスクリプションへの転換もスムーズだという話もあります。
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2021年10月のMedia Innovation特集は「ニュースレターについて知りたい」と題してお届けします!
特集: ニュースレターについて知りたい (2021年10月)
- 【序章】ニュースレターはメディアの課題を解決するか?
- ニュースレターサービスの先駆け「theLetter」の現在地と優位性とは―――OutNow濱本至氏インタビュー