世界中のパブリッシャーが広告収益の低下に悩む中、英国発のパブリッシャーテクノロジー企業PubXが、AIエージェントを活用した新たな収益最大化の仕組みで注目を集めています。
同社CEOのAndrew Mole氏は、3月18日に開催するメディアイノベーション主催の「Media Innovation Conference 2026」カンファレンスへの参加を機に来日予定ですが、その前にインタビューに応じました。
「広告取引の交渉をAIエージェントが担うことで、パブリッシャーは本来の価値──質の高いコンテンツ制作とオーディエンス構築──に集中できるようになります」と語るMole氏に、PubXの仕組みとジャーナリズムの未来について詳しく伺いました。

Andrew Mole(アンドリュー・モール)
PubX CEO / 共同創業者
アドテック経験約20年のキャリアを持つシリアルアントレプレナー。機械学習型DSP「Platform360」を共同創業し売却後、ラッパー事業者の役員を経て2020年にPubXを設立。AIとメディアの交差点における第一人者として、AIエージェントによる広告の買い付け(Agentic Ad Buying)が普及する新時代において、パブリッシャーの収益最大化を実現する「PubTech」エコシステムの構築を牽引している。
DSP創業の経験が生んだ「パブリッシャー側の技術」
PubXは2020年頃、Andrew Mole氏とCTOのAlex Rosen氏が共同創業した英国のパブテック企業です。2人の前職は機械学習を活用した広告配信最適化DSP(デマンドサイドプラットフォーム)「Platform360」の立ち上げと売却でした。バイサイド側のプロとして「いかに安く広告在庫を買い付けるか」を突き詰めてきた2人が、なぜパブリッシャー支援に転じたのでしょうか。
「DSP時代、私たちはパブリッシャーに毎月多額の収入をもたらしているつもりでいました。しかし実際には、私たちのアルゴリズムが広告単価(CPM)を少しずつ押し下げ続けていた。その結果、各パブリッシャーが記者を解雇していく場面を目の当たりにしました。自分たちがその問題の一端を担っていると気づき、今度はパブリッシャー側の課題を解決しようと決意したのです」(Mole氏)
同社はVCからの出資を受けており、短期的な利益追求より正しくじっくり長期的な業界変革を目指す強固な財務体質を維持しています。現在、米国・欧州・日本のパブリッシャーを中心にサプライサイドのソリューションを展開している一方、日本市場のデマンドサイドへのアプローチも開始しました。
セルサイドとバイサイドのエージェントが「自動交渉」する仕組み
PubXの中核プロダクトは、AIエージェントを使ったパブリッシャーの広告収益最大化ツールです。従来のプログラマティック広告(ヘッダービディング)と何が違うのでしょうか。
Mole氏はその仕組みをこう説明します。「私たちはOpenRTBのプロトコルを引き続き使いながら、従来のヘッダービディングと並行して動作する『セルサイドエージェント』を開発しました。このエージェントは常にパブリッシャーの在庫を分析し、バイサイドのエージェントからの需要と照合しながら、高付加価値なインプレッションを自動的に識別してプレミアムCPMで取引します」
インテグレーションは2通りに対応しています。OpenRTBを経由したヘッダービディング経由での入札、またはパブリッシャーの広告サーバーに直接接続し、プログラマティックダイレクト(IO取引)に相当するエージェント間取引を実現する形です。
同社の収益インパクト構想のイメージは明快です。たとえばですが、通常のオープンマーケットでは車の購入検討者に向けた広告でもCPM50円程度にとどまったとします。しかしPubXのエージェントが「この閲覧者は確実に車購入検討層」と判定した場合、そのインプレッションにだけCPM500円規模の入札を行います。既存のヘッダービディングでは50~60円の入札が並ぶ中、PubXが突然500円で応じるため確実に落札できます。パブリッシャーの作業負担を増やすことなく、在庫の一部が高単価で換金されるイメージです。
「これは単純な○%の収益増という話ではなく、従来のオープンマーケットCPMと、純広告・タイアップ記事で得ていたCPMの差分を埋めていく取り組みです。今まで営業チームを持てなかった様な中小規模のメディアの在庫についても、AIが自動で分析してパッケージ化し、デマンド=広告出稿側に提案できるようになります」(Mole氏)
「北海道のお母さん」事例──エージェント間交渉の実際
Mole氏がもう一例挙げたのが、バイサイドとセルサイドのエージェント間交渉の具体例です。
「広告代理店側のバイサイドエージェントが『北海道に住むお母さんにリーチしたい、1日2万5千人』というブリーフを出します。すると弊社のセルサイドエージェントが在庫を確認し、『育児フォーラムでログイン登録した確実なお母さん1万人をCPM500円で提供できます』と返答します」
バイサイドが「1万人では足りない」と応じると、セルサイドエージェントは追加の在庫を探します。「北海道在住の25~40歳女性というセグメントは用意できますが、お母さんかどうか確定ではないのでCPM350円でいかがでしょうか」と別のオプションを提示し、交渉を続けていきます。
「人間のトレーダー同士なら1~2種類のセグメントを提示するのが現実的です。しかしエージェント同士の会話では、例えば480個ものセグメントを瞬時に組み合わせて提示できます。港区の富裕層タワマン住まいのお母さん50人という細かい在庫も、エージェントなら取りこぼさず活用できます。人手では到底実現できない粒度の取引が可能になります」(Mole氏)
データ基盤──ビッドストリームからファーストパーティデータまで
この交渉を支えるデータはどのように集めているのでしょうか。
PubXはSSP(サプライサイドプラットフォーム)としてパブリッシャーにJavaScriptタグを設置しており、ビッドストリームのデータをほぼリアルタイムで取得できます。加えてIntent IQやID5といったオルタナティブID(クッキーレス対応の識別技術)との連携も実装済みです。
さらにパブリッシャーが自社のDMPデータやアカウントデータをエージェントに提供することも可能で、「IDグラフ」と呼ぶPubX独自の第三者データとパブリッシャーのファーストパーティデータを組み合わせてセグメントを構築しています。
「閲覧コンテキスト、セグメントデータ、ビューアビリティ、クリックスルー率など、あらゆるデータをエージェントが組み合わせます。(欧米では)これをDMPの代替として活用するパブリッシャーも増えています。ブラックボックスにはしたくないので、パブリッシャー向けダッシュボードで透明性を確保しています」(Mole氏)
現状と日本展開──「限定公開中」から本格展開へ
エージェント同士の広告取引は現在「限定公開中」の段階です。米国・欧州では実際にエージェント間の対話による取引実績がありますが、プロダクトの最終化を進めている最中とのことです。
「エージェントの概念自体が比較的最近登場したものですし、広告業界としてすぐにこの変化へ対応できる企業ばかりではありません。数年がかりのプロジェクトになると想定しています。バイサイドの一部ではすでにエージェントを実装している企業があり、そちらとPubXのセルサイドエージェントを接続するための開発も並行して進めています」(Mole氏)
日本市場については、今回のカンファレンスを機にデマンドサイドへのアプローチを本格化させる方針です。「日本のパブリッシャーはGAFAと比べるとデータ量で劣る部分もあるかもしれませんが、だからこそPubXのような技術でオープンインターネットプレイヤーが競争力を持てるようにしたいのです」とMole氏は強調しました。
広告担当者の役割はどう変わるか
「AIエージェントが交渉を担うなら、広告営業の人間は不要になるのか」──この問いに対してMole氏は明確に「否」と答えます。
「営業担当者が今やっている仕事の中には、毎月似たようなセグメント提案書を持って代理店を訪問するといった繰り返し業務も含まれます。エージェントがその低付加価値の部分を担えるようになると、人間はより創造的な仕事に集中できます。「トップページジャック」 のような大胆な広告フォーマットの企画や、オフラインとオンラインを組み合わせた体験型マーケティングの設計、あるいはパブリッシャーと代理店の長期的な人間関係構築──AIには置き換えられない価値をもたらす領域です」(Mole氏)
ジャーナリズムの未来──収益増が記者採用を生む
インタビューの最後に投げかけたのが、日本のパブリッシャーに多いジャーナリズムへの強いこだわりと、AIエージェントとの関係についての問いでした。
Mole氏は自社の出発点を改めて強調しました。「PubXのすべてのモチベーションの根底にあるのはジャーナリズム支援・オープンウェブ支援です。前職のDSPでパブリッシャーのCPMを下げ続けた経験から、今度は逆の立場で貢献したいと思っています。PubXの採用により広告収益が改善されれば、メディア各社はより多くのジャーナリストを雇用でき、今まで手が届かなかった地域報道のカバレッジ拡充や新しい報道コンテンツの開拓に投資できるようになるはずです」
また、より広い視野でこの技術変革を位置づけます。「インターネットが登場したときに世の中全部が変わるマクロシフトが起きましたが。エージェンティックAIも同じ規模の世の中的シフトだと考えています。パブリッシャーにとって、エージェントを使うか使わないかのほぼ一択で、そのメリットの享受の成否が決まっていく可能性があります」
PubXは3月18日に開催する「Media Innovation Conference 2026」に出展予定です。ブースで本ソリューションについて紹介するほか、13:40からのセッションではAndrew Mole CEOが「PubX - AIエージェント広告の未来を築く」と題した講演を行います(日本語通訳付き)。ぜひチェックしてみてください。



