マッチングアプリ「with」と「Omiai」を運営する株式会社エニトグループが、第三者割当増資とみずほ銀行・きらぼし銀行からの融資により、86.5億円を2023年4月に調達しました。
同社は、株式会社イグニスと株式会社ネットマーケティングが運営していたマッチングアプリ事業を統括する会社で、ロールアップ戦略を仕掛けたのは大手投資ファンドのベインキャピタルです。今回調達した資金は、主にネットマーケティングの株式の取得費用に充当されます。
エニトグループは大規模な組織再編を実施しており、企業価値向上に向けて大きな一歩を踏み出しました。
ベインが620億円を投じた買収劇
エニトは5年以内にIPOまたはM&Aによるエグジットをする可能性が高く、企業価値向上のために更なるロールアップを推し進めることも視野に入ります。マッチングアプリ業界の台風の目となるのは間違いないでしょう。
なお、ロールアップとは投資ファンドが得意とする企業価値向上戦略の一つで、同業他社や事業を複数買収し、シェアを高めようとするものです。ゴルフ場を次々と買収して規模を拡大したゴルフ場運営のPGMホールディングス株式会社の事例が有名で、これを仕掛けたのはハゲタカファンドとして知られるローン・スターでした。
イグニスは2021年4月にベインキャピタルと共同出資する会社を通じて全株を取得。MBOによる非上場化を果たしました。2022年3月にイグニスのマッチングアプリ事業が独立し、株式会社withを設立。ベインキャピタルを主要株主に迎えます。withにはゲーム開発を行うアカツキや香港の投資家Tybourne Capital Management、きらぼしキャピタルが出資をしていましたが、これらの会社や投資家との資本関係は解消されました。
withの代表取締役には、イグニスでマッチングアプリのグロースを担当し、後に事業責任者となった五十嵐昭人氏が就任しています。
2022年8月にベインはネットマーケティングにTOBを実施しました。ネットマーケティングは2022年11月に上場廃止となります。2023年3月にネットマーケティングのマッチングアプリ事業を分社化。株式会社Omiaiが誕生します。同じタイミングでホールディングス体制へと移行し、withとOmiaiを統括するエニトグループが設立されました。
なお、イグニスの買収には総額500億円、ネットマーケティングには120億円あまりが投じられており、金額の大きさを考慮すると、エニトの出口はIPOが濃厚でしょう。
エニトの代表取締役を務めているのが、小野澤香澄氏。リクルートで婚活サービス「ゼクシィ縁結び」の立ち上げに携わり、アメリカのマッチングサービス大手Match GroupのTinder事業日本・台湾責任者を経験しています。

国内のマッチングアプリにおいて、ユーザー数が2,000万に届いているトップのサービスが「Pairs」で、これを運営しているのはエウレカという会社。エウレカは2015年5月にMatch Groupに買収されています。小野澤氏が「Pairs」の情報をどこまで把握しているのかはわかりませんが、最大手のMatch Groupに在籍していた意味は大きいでしょう。ユーザー数獲得のカギとなるターゲティングなどのマーケティング活動が円滑に行えるためです。
減収に見舞われたOmiaiのユーザー数を獲得できるか
イグニス時代のwithは極めて業績の良い事業でした。クォーターの売上高は13億円前後。新型コロナウイルス感染拡大で売上高は一時的に伸び悩んだものの、日常を取り戻して再度成長軌道に乗るものと予想できます。
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何より利益率が高いことが特徴で、2020年9月期4Qの営業利益率は30%を超えていました。マーケティング費用が嵩んだ2021年9月期2Qは利益率を下げますが、それでも営業利益率は20%を上回っています。

成長している原動力には、市場が旺盛に拡大を続けていることがあります。三菱UFJリサーチ&コンサルティングによると、2018年のオンライン・マッチングサービスの市場規模は386億円でしたが、2023年には1,000億円を突破し、2026年には1,657億円まで拡大する見込みです。
この調査によるマッチングアプリの満足度は、非常に満足と満足を併せた割合が37.8%、普通が47.7%と、不満に感じているユーザーが少ないことも特徴の一つです。かつて「出会い系サイト」は怪しい、危険といったイメージが先行し、ユーザーは一部の人に限られていました。負のイメージは払しょくされ、気軽に使うアプリへと進化しています。
エニトの苦戦が予想されるのが、Omiaiの立て直し。非上場化する前のネットマーケティング時代のマッチングアプリ事業は、2022年6月期4Qにおいて1,300万円の赤字を計上しています。コストが嵩んだというよりも、減収によって経費を吸収できなかったことが要因です。
■ネットマーケティングメディア事業業績推移
ネットマーケティングは2018年1月から2021年4月に提出された171万人分の個人情報が流出。マッチングアプリは年齢確認をすることが求められており、運転免許証などの画像データが外部に流れ出てしまいました。運転免許証なので、顔写真や名前、住所を特定できることになります。
しかも、ネットマーケティングの対応は遅く、不正アクセスが確認されてから3週間以上経過した後に公表しました。これにより、ユーザーの信用を失ってしまいます。毎月10万人を超えていたOmiaiの新規会員数は、不祥事が明るみになった後に9万人台へと一時的に落ち込みます。
Omiaiは年齢確認を行った免許証などのデータは、72時間で削除するなどの具体策を講じました。ユーザーからの信頼を回復し、売上を戻せるかどうかはエニトの分水嶺となるでしょう。
マッチングアプリに更なる期待ができる要因の一つに、国や自治体の少子化対策があります。三重県桑名市は、2022年11月に「Pairs」と連携し、恋愛・結婚を希望する市民に対してアプリを軸としたイベントの開催を行うと発表しました。こうした連携が進むと、ユーザー数の獲得に弾みがつくでしょう。自治体がバックにつくことで、サービスの信用力も上がります。
ナスダックに上場するMatch Groupの2022年12月期の売上高は4,300億円。時価総額は1兆3,500万円です。先行するアメリカにおいて、マッチングアプリは注目すべき領域の一つ。エニトは巨大企業に成長する可能性を秘めて