英The Reuters Institute for the Study of Journalism(ロイター研究所=RISJ)がOxford大学と共同で「Journalism, Media, and Technology Trends and Predictions 2020」をまとめ、発表しました。
同報告書は、毎年世界のメディア企業幹部を対象に行うアンケートを基に作られるもので、今年は、32カ国233人のメディア企業の幹部の意見を基に構成しています。
5Gの普及/IoTプラットフォームの拡大やAI、ブロックチェーンの普及などにより、今後10年のメディアビジネス環境が大きく変わることは間違いありません。報告書も、これまでの10年を「スマホやSNSの普及でメディア産業がディスラプトされた期間」と位置付けた上で、これからの10年は「ネット規制が強化され、ジャーナリズムの信頼性再構築に向けた試みがさまざまな形で必要となる時代」としてメディアビジネス環境の激変を予想しています。
2020年以降の動向を占う今年の報告書は、サブスクリプションなど課金ビジネスのほか、AIや音声メディアの動向にまで触れた幅広い内容となりました。
- Journalism, Media, and Technology Trends and Predictions 2020
- Six trends you shouldn’t miss for 2020: from subscriptions to podcasts and AI
目次
(1)読者課金への期待は引き続き大
読者課金への期待は引き続き強く、重点を置く収益源としては50%が「読者からの課金収入」をあげ、広告売り上げにフォーカスするメディアは14%にとどまりました。
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報告書では、課金収入を確保するため、中小メディアは多彩なサブスクリプションメニューやメンバーシップモデルを考えることが必要だと、デンマークやオランダ、スペインのメディアのサブスクリプション事例を紹介。合わせて、会員組織やコンテンツ以外のサービス商品なども採り入れた柔軟なサブスクリプション戦略が必要であると強調しています。
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サブスクリプションや課金プラットフォームの構築に関連して、2020年に大きなテーマになるとしたのは、「IDの取得」です。
ID登録などで確保できるファーストパーティのデータ獲得は、データプライバシーやCookie規制への対応にもつながります。SafariやFirefoxなどのブラウザーが相次ぎ広告追跡防止機能を搭載し始め、サードパーティデータの利用が厳しくなる中、報告書でも最優先事項の一つとして挙げられています。
ただし、ID取得に関して、すでにはるかに多くのユーザーを抱えるGoogleやFacebookなどの優位性は揺るがないとも予測。プライバシー規制により、プラットフォームの優位性が逆に高まる可能性もあると指摘しています。
加えて、ドイツの「NetID」「Verimi」やポルトガルの「Nonio」など、主に各国別に作られているID登録のアライアンス組織の動きも紹介しています。日本でも今年はマイナンバー×キャッシュレス割引きがスタートするなど、国主導のID基盤整備・拡充の動きが強化されます。複合化するID基盤の動向はメディア企業としても注目すべきといえるでしょう。
(2)ニュース現場でのAIの普及が加速
ロイター研は今回、ジャーナリズムへのAIの適用についても調査。回答者が、最も重要な用途としたのは①レコメンディング(53%)②潜在的なサブスクライバーを特定してペイウォールを最適化する技術(同47%)次いで③ニュースルームの作業効率向上(39%)となりました。④ニュースギャザリング(16%)⑤自動執筆によるロボジャーナリズム(12%)が続いています。
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現場でのAIの適用はかなりの広がりを見せています。たとえば、英Timesは、AI駆動型の推奨エンジンであるJamesを、電子メールからWebおよびアプリベースの幅広い推奨に拡張。また「Tansa」や「Grammarly」といったAIアシスタントにより編集作業を自動化する実験を開始、なんと「レッグワーク(取材活動)の80%はカバー可能」とのことです。
スカンジナビアに拠点を置くSchibstedは、フロントページのタイトル生成を半自動化。キュレーションタスクの一部ををAIに任せる「Curate Project」を稼働中です。
また、BBCは言語翻訳の自動化に取り組み、字幕付けや合成音声の利用により、日本の向けのビデオサービスを展開中。2019年12月の選挙期間中には数時間で689ものローカル番組を作成するため、AIを活用したといいます。
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なお、報告書では、AIが2020年実現する、またはしてしまうだろうこととして①「米大統領選でAI駆動のフェイクニュースが提供される」②「AIによる人間にはできない視点でのレポート提供が始まる」などの予測を行い、ニュース組織の今後に大きな影響を与える技術として注目しています。
3)Podcasting配信のブレイクを予測
報告書ではまた、パブリッシャーの多くがポッドキャスティングを重視していることも判明しました。全体の過半にあたる53%が、ニュースコンテンツやチャットインタビューのポッドキャスティングを音声コンテンツの中で重要なものとして挙げ、シリーズもの/連載ものが47%、ショートコンテンツが31%、テキストコンテンツの音声化が24%という結果になりました。
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対象市場は、自動車のオーディオからスマートフォン、スマートスピーカーなどと拡大中。米国では、ポッドキャスティングの収益は年に約30%増加。2021年までに10億ドルを超えると予測されています。
報告書によると、英語以外のポッドキャスティング市場も広がりを見せており、たとえばブラジルはすでにポッドキャスティングで世界2位の市場になっているとのこと。スペインとフランスでも、視聴者数が大幅に増加しています。
カナダの Globe and Mailは、Amazonが開発したサービスである「Amazon Polly」を使用したテキスト読み上げサービスの提供を開始しました。記事は英語、フランス語、および標準中国語での視聴が可能です。デンマークのZetlandは、すべてのストーリーに(人間が読む)オーディオオプションを提供、すべてのストーリーの約75%が、音声で提供されてといいます。また、ブラジルの新聞EstadãoはFordと協力して、Spotify向けに人間が読む音声サービスを提供中とのことです。
一方、音声サービスの周辺でプラットフォーマーとの対立がおこっていることが懸念材料として挙げられてもいます。Audibleのテキスト表示問題で出版社と訴訟が起きたことは耳新しく、報告書によると、このほかにも一部のパブリッシャーが、GoogleおよびSpotifyの音声サービスへのコンテンツ提供をボイコットするなど一部で緊張が高まっているといいます。
米大統領選がある2020年は、メディアテクノロジーにもさまざまなブレイクスルーが予想されます。報告書ではこのほか米大統領とメディアの関係に端を発した「Post-Truth Politics and the Journalistic Response 」プラットフォーマーとの関係に関する「Platforms and the Relationship with Journalism」、複雑化する人材問題についての「Diversity and Talent in the Newsroom」といったテーマも採り上げていました。