なぜ文春はYouTubeに本気なのか?動画責任者が語る「文藝春秋PLUS」の勝算と“オールドメディアの逆襲”

・文藝春秋がYouTubeに本格参入し、広告収益で新たなビジネスモデルを構築
・編集者が出演し、差別化や中立性を意識した多角的・中庸なコンテンツを提供
・登録者増やし地方展開やオールドメディアの信頼を生かし、多様性あるメディアを目指す

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なぜ文春はYouTubeに本気なのか?動画責任者が語る「文藝春秋PLUS」の勝算と“オールドメディアの逆襲”
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2022年12月に本格始動し、わずか10ヶ月でチャンネル登録者数50万人を突破した(現在は56万人)、YouTubeチャンネル「文藝春秋PLUS」。月刊『文藝春秋』を母体としながら、サブスクリプションモデルではなく、タイアップ広告を収益の柱に据えるという新たな挑戦は、メディア業界で大きな注目を集めています。

なぜ今、文藝春秋は動画に注力するのか。その狙いと戦略、そして今後の展望について、プロジェクトの責任者である村井弦氏に話を聞きました。

———まず、「文藝春秋PLUS」の立ち上げの経緯と、月刊『文藝春秋』との位置づけについて教えてください。

もともと月刊『文藝春秋』の電子版(「文藝春秋電子版」というサブスクリプションサービス)があり、YouTubeチャンネルはその付属物として、有料動画コンテンツのダイジェスト版などを配信していました。

しかし、昨年の12月に方針を大きく転換し、動画コンテンツを全て無料化。それに伴い、「文藝春秋電子版」を「文藝春秋PLUS」と改称し、YouTubeチャンネルもリニューアル。「月刊『文藝春秋』に関連する動画メディア」という方向で打ち出していくことにしました。月刊『文藝春秋』の記事が読み放題の有料サブスクは従来通り、機能として残していますが、主戦場はYouTubeに移し、デイリーで無料の動画コンテンツを配信しています。

文藝春秋PLUS編集長の村井弦氏

———なぜ、テキストのサブスクリプションモデルではなく、無料の広告モデルへと大きく舵を切ったのでしょうか?

かつて100万部を誇った月刊『文藝春秋』ですが、部数や広告収入が減少する中でデジタル化は急務でした。しかし、数年間の試行錯誤を通じて「月刊誌が持つマイルドで教養系のコンテンツは、テキストがメインのサブスクリプションとの相性が良くない」という結論に至りました。『週刊文春』のスクープのような、ある種の「一次情報」とは異なり、デジタルで直接課金してもらうのが難しかったのです。

そこで、雑誌本来の二大収益源である「購読」と「広告」に立ち返り、「動画であれば広告が戻ってくるのではないか」という仮説のもと、月刊『文藝春秋』のデジタル展開は、「広告」の受け皿を強化する戦略に大きく転換しました。企業のタイアップ広告をしっかりと獲得できる媒体を作り、新たな収益の柱にしたい。その上で、成長領域である動画媒体は必須である、と考えたのが大きな理由です。

文藝春秋の「文春PLUS」は無料のチャンネルとして運営されている

———ビジネス・言論系のYouTubeはまさに「レッドオーシャン」です。新興メディアがひしめく中で、どう差別化を図っていますか?

私たちは、再生数を稼ぎやすい著名なビジネスインフルエンサーの影響力に安易に頼らない方針でコンテンツを作っています。差別化の源泉は、「文藝春秋の編集者ならではのマニアックな視点」にあると考えています。

例えば、教養系の新書を読み込み、書店を回って企画を考えるような、真面目で少し変わった視点から生まれた企画こそが我々の武器です。実際、「ラテン語はなぜ最強の教養言語か」といった動画が数万回再生されるなど、他とは違う切り口が視聴者に受け入れられています。

また、政治家から文化人、企業経営者まで長年培ってきたネットワークが文春の強みだと思います。例えば、先日の自民党総裁選でも複数の候補者に出演してもらいましたが、単に話を聞くだけでなく、誰に聞き手になってもらえれば、より際立った企画になるか? というのを意識しました。

他のビジネス系のチャンネルとの差別化という観点では、他社がベンチャーやスタートアップなど比較的若いビジネスパーソンへのリーチが強いのに対して、文春はいわゆる日本の大企業で働くビジネスパーソンへのリーチが強いという特徴があります。この特徴は広告主にとっても異なる観点で魅力的に映るのではないでしょうか?

———YouTubeでは過激な意見が注目されがちですが、メディアとしての中立性やバランスをどう保っていますか?

「支持と反対の両論を同じチャンネルで公開すること」は、雑誌時代から変わらない我々の強みです。例えば、視聴数が伸びやすい参政党の話題を取り上げる際も、支持を公言する学者にご出演いただく一方で、批判的な立場の方にも登場いただくなど、意図的にバランスを取っています。短期的な再生数(ビジネス)と、メディアとしての責任や姿勢を両立させる。この「真ん中」を目指す姿勢こそが、他のチャンネルとの大きな違いだと考えています。

———スタートから1年で登録者56万人という成果について、現在の手応えはいかがですか?

これまでテキスト媒体では、どんなに良い記事を出してもネット上で存在感を発揮するのが非常に難しかったのですが、動画ではこれまでとは全く違う成長の実感があります。チャンネル登録者数という分かりやすい形で手応えを感じられており、これはテキストでは得られなかった感覚です。月刊誌が培ってきたコンセプトは変えずに、それを動画でどう見せるかを突き詰めることで、しっかりと視聴者に届いていると感じています。

———経済から教養、エンタメまで非常に幅広いテーマを扱っています。コンテンツ制作の方針について教えてください。

「1日1本、必ず動画を出す」ということ以外、あえて方針を“決めすぎない”ことを意識しています。「経済メディア」や「政治メディア」のように自己規定せず、作家のインタビューから政治家の発言まで、何でもありの“総合雑誌”のあり方をYouTube上で再現しようと試みています。これにより、幅広い視聴者層にアプローチできると考えています。文藝春秋というブランドで、その多様なコンテンツをパッケージングしているイメージです。

———村井さんご自身もMCとして出演されていますが、動画メディアの編集長の役割は、従来の編集長とどう違いますか?

最大の違いは、自らが出演し、聞き手にならなければいけない点です。私自身、動画制作の経験は全くありませんでしたが、自分の専門領域ではない場所に足を踏み入れて働くことが、今の時代はより重要になっています。編集部の人間が聞き手を務めることでチャンネルの顔が見え、多くの番組をスピーディーに作れる。今では他の部員も出演するようになり、編集者が前に出て喋ることが当たり前の文化になったのは、会社にとっても大きな変化です。

村井氏(中央)と他のMC陣

———毎日配信という高い更新頻度を維持するために、制作プロセスで工夫していることはありますか?

編集に手間をかけすぎないことを徹底しています。収録した素材は、問題のある部分をカットするだけで、基本的にはそのまま使います。撮ったものから面白い部分をつまんで作るのではなく、収録の段階で“見せられる”ものを作る。感覚としてはポッドキャストに近いかもしれません。映像付きの音声コンテンツ「ビデオポッドキャスト」としても楽しめるコンテンツを意識しています。

そのため、インタビューの構成は台本の段階でしっかり作り込み、「今この瞬間、誰かに見られている」というライブ感を常に意識するよう、チーム全員に伝えています。

スタジオは社内に置き、聞き手も編集者自身が出演するというのも、更新頻度を上げるために必要な施策でした。

スタジオも社内に置き、あまり作り込まない事を意識したという (C)文藝春秋

———出版社がYouTubeを運営する上で、書籍の販売など、他の事業との相乗効果はありますか?

非常に大きな効果があります。動画の再生回数が伸びると、紹介した本がAmazonで在庫切れになることもあり、無料動画の影響力の大きさを痛感しています。動画チャンネルは単に雑誌の代替ではなく、書籍のプロモーションツールとして機能し、会社全体の収益に貢献する「エコシステム」の一部だと捉えています。雑誌で失われた機能を動画だけですべてカバーするのではなく、事業全体としてどう補っていくか、という視点が重要です。

実は最近では文春以外の出版社の方から「この書籍と著者を取り上げて欲しい」と依頼を受ける事も増えてきました。出版のエコシステムの一部を担う事ができるとしたら、それも非常に嬉しいですね。

———今後の展望と、目指すメディア像についてお聞かせください。

まずはチャンネル登録者数100万人を目指します。そして、今後は地方自治体との連携も強化していきたい。東京中心になりがちな新しいメディアの中で、全国に読者を持つ我々の強みを活かせると考えています。

また、我々のキャッチコピーとして「オールドメディアが本気でYouTubeをやっている」という価値を打ち出していきたい。100年の歴史を持つ出版社という“古さ”が、逆に今の時代では信頼やブランドという価値になるはずです。分断が進むと言われるネット言論の中で、多様な意見を担保する“総合メディア”としての役割を、動画の世界で果たしていきたいと考えています。

《Manabu Tsuchimoto》

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Manabu Tsuchimoto

Manabu Tsuchimoto

デジタルメディア大好きな「Media Innovation」の責任者。株式会社イード。1984年山口県生まれ。2000年に個人でゲームメディアを立ち上げ、その後売却。いまはイードでデジタルメディアの事業統括やM&Aなど。メディアについて語りたい方、相談事など気軽にメッセージください。

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