【書評】eスポーツはメディア化する・・・『eスポーツマーケティング 若者市場をつかむ最強メディアを使いこなせ』

「コンピューターゲームをスポーツとして捉える」というのがeスポーツの定義。2018年にインドネシアで開催されたアジア競技大会ではデモ競技として行われ、国内でも10月の茨城国体で「文化プログラム」として都道府県対抗の大会が開催されるなど、単なる「テレビゲーム…

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【書評】eスポーツはメディア化する・・・『eスポーツマーケティング 若者市場をつかむ最強メディアを使いこなせ』

「コンピューターゲームをスポーツとして捉える」というのがeスポーツの定義。2018年にインドネシアで開催されたアジア競技大会ではデモ競技として行われ、国内でも10月の茨城国体で「文化プログラム」として都道府県対抗の大会が開催されるなど、単なる「テレビゲーム大会」から脱し、スポーツとしての公共性と話題性を高めつつあります。国内でも海外のイベントを模範として複数のオーガナイザー(大会主催社)が協賛企業を集め大会を成功させるなど、ビジネス面での実績も注目を浴びています。

スポーツは「メディア化」する宿命を持つ、eスポーツも例外ではない…『eスポーツマーケティング 若者市場をつかむ最強メディアを使いこなせ』(日経クロストレンド編)

黎明期からの脱却に向けた挑戦

とはいえ、eスポーツの推計市場規模は2019年でおよそ60億円(出典:Gzブレイン)。3年後の2022年推計でも約100億程度で、決して大きくはありません。例えばDAZNが2016年に取得したJリーグのインターネット放映権料(地上波を除く)だけでも10年間で2100億円という額であり、今年日本で開催されたラグビーのワールドカップの国内における直接経済効果(インフラ整備・大会運営・国内の観客による消費:訪日外国人は除く)が860億円と試算されることからみても、eスポーツの市場はまだまだ小さく、成長余地があると見てもいいでしょう。現状では、イノベーターやアーリーアダプターの一部にようやく受容される状況にすぎず、キャズムを超えるには乗り越えなければいけない障壁が数多くあります。

では、eスポーツが一部のゲームファンのみならず広く人口に膾炙し、その市場を数百億規模にまで成長させるために必要な条件とはどのようなものなのでしょうか。本書は「日経クロストレンド」での取材をまとめたものですが、その意図はマーケティング領域でeスポーツのポテンシャルを引き出すためのヒントを紡ぎ出そうとする意欲的な試みといえます。

eスポーツのイベントに協賛する企業をはじめとして、プラットフォーマーやオーガナイザー、チーム運営者、そして地方公共団体まで、多岐にわたるインタビュー取材を実施。eスポーツの運営に関わるステークホルダーが、この分野にどのような狙いをもって参入しているのか、そして今後の更なる規模拡大とっての課題は何であり、どのようにして解決していくべきか、というところにまで踏み込んだ議論がなされています。

ステークホルダーから見たeスポーツのポテンシャルと課題

協賛企業から見て、eスポーツの最大の魅力はオーディエンスの中心が30代未満の若者であるということ(157:カッコ数字はKindle版の位置番号、以下同じ)。そして先進的なイメージを持つeスポーツへの協賛が自社ブランディングにもプラスになるうえ(162)、他のメジャーなプロスポーツに比べてスポンサー費用が小さく協賛の障壁が低い(1279)といったポジティブな印象があります。とりわけ、若者の雑誌離れ・テレビ離れが叫ばれて久しい昨今、企業のマーケティング担当者としては30代以下の若者層へのタッチポイントとしてeスポーツに期待されるところは大きいようです。ただし現状はあくまでも先行投資期であり、短期的なROI(投資対効果)を求めるべきタイミングではないという位置づけであるため、相応に体力のある会社が先を見越してスポンサードするというような構図になっています。

しかしながら、eスポーツは立上げ期ゆえの課題も数多くあることも否めません。一部のイベントを除き興業としてビジネス的に成立できておらず、より広汎なオーディエンスに会場の熱気を伝えるまでには至っていない状況です(587)。こうした環境下においては、イベントの低コスト化への取り組み(664)とともに、配信プラットフォームの整備やスター選手育成や裾野を広げるための活動(771)、プレイヤーと共に見る側も一体化させるための仕掛け・応援スタイルの定着(756)などハード/ソフト両面で成すべきことが山積しています。一部の成功イベントを見て安易に参入する業者が増えることによるユーザー不在ビジネスがもたらすデメリット(「eスポーツのイベントを開けばお金が出る、ゲーミングチームを作ったら協賛スポンサーがつくと勘違いしている」)も指摘されており(1759)、eスポーツの文化を浸透させるという意味で、現状は成否の岐路に立たされていると言えます。

プレイヤー・ファンコミュニティ・ビジネス3社が正のスパイラルで成長していくために

本書後半で、おやつカンパニー専務執行役員マーケティング本部長の髙口裕之氏は、インタビューにおいて「eスポーツはそれ自体がメディアになり得る」(1352)と将来の展望について語っています。何かしらの情報を世に伝えたい送り手と、受け手への情報を媒介する存在が「メディア」という定義をするならば、野球やサッカーを含めたプロスポーツ(チーム)は、情報の送り手であるスポンサー企業のサービスや商品をファンやサポーターに知らしめるきっかけを与える「メディア」として機能してきました。そして、スポンサー企業からの一方的なメッセージだけでなく、競技を通じてひいきの選手・チームを応援し、勝敗の喜びや悔しさを分かち合う体験が広がるほどにファンが増え、より多くの企業が投資に値する効果的なメディアとして位置づけ、さらに参入を拡大していくという正のスパイラルが、スポーツを成長させてきました。

この点で、eスポーツはメディア化の途上にあるといえますが、プレイヤーやチームの育成・組織ににせよ、その体験価値や共有のしかたにせよ、これまでのリアルスポーツの前例とは異なっているところが、試行錯誤を繰り返さざるを得ない最大の理由と言えます。身体的能力に囚われないことでプレイヤーやファン層が広げられるポテンシャルがあることや、若年層を中心とするファン層に支えられていることから、メディアやマーケティング業界関係者にとってeスポーツ業界の動きは無視できない存在になることは間違いありません。本書はeスポーツの現状と潜在力を知るための格好のエントリー本と言えるでしょう。

《北島友和》

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北島友和

大学院修了後、約4年の編集プロダクション勤務を経て、2006年にイード入社。およそ10年間、レスポンス・RBB TODAY等の編集マネジメントやサービス企画を担当。その後2016年にマーケティングコンサルティング会社に転じ、メディア運営の知見を生かした事業会社のメディア戦略やグロース支援にプロマネとして携わるほか、消費財メーカーの新規事業・商品企画・コミュニケーション戦略立案等の支援に従事している。

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