多彩な広告経験を活かして、出版社のデジタルビジネスを推進・・・ダイヤモンド高見氏インタビュー

Media Innovationの8月特集は「メディア業界のキャリア、これからどうなる?」をテーマに、業界のトップを走る皆さんが考えるこれからのキャリアについて聞きました。8月31日(火)にはイベントも開催予定です。奮ってご参加ください。 経済メディアで100年以上の歴史を誇…

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多彩な広告経験を活かして、出版社のデジタルビジネスを推進・・・ダイヤモンド高見氏インタビュー
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Media Innovationの8月特集は「メディア業界のキャリア、これからどうなる?」をテーマに、業界のトップを走る皆さんが考えるこれからのキャリアについて聞きました。8月31日(火)にはイベントも開催予定です。奮ってご参加ください。

経済メディアで100年以上の歴史を誇るダイヤモンド社。デジタルに積極的な投資を行い、サブスクリプションのビジネスを立ち上げようとしている同社で、オーディエンス開発の要職に就くのが、高見潤氏。

高見氏は広告代理店からキャリアをスタートし、ヤフーで広告事業に長く携わりました。ダイヤモンド社に移籍したのは2017年。広告からパブリッシャーへのキャリアチェンジ、どんな可能性を見出したのか、今後どのようなチャンスがあると考えているのか、高見氏にお話を伺いました。

高見 潤
株式会社ダイヤモンド社 ビジネスメディア局 オーディエンス開発部 部長
広告代理店勤務を経て、2007年Yahoo! JAPAN入社。広告事業部門にて、ディスプレイ広告プロダクトのセールスを担当。2012年からはディスプレイ・データ系プロダクトの商品企画・販売促進・事業戦略。2017年ダイヤモンド社にてデジタルメディアの事業企画・商品企画。2019年よりサブスクリプションサービスの事業企画とマーケティングを推進中。

―――最初は広告代理店からキャリアをスタートされたそうですね

もともとメディアに興味があり、編集者を志していたのですが、ちょうど就職活動をしたのが就職氷河期の真っ只中で、募集をしていても、若干名という会社が多かったことから、近い領域ということで広告代理店に就職しました。

実は広告代理店当時の取引先にダイヤモンド社があり、このオフィスにも掲載誌を受け取りに何度もお邪魔した記憶があります(笑)。20年経って、まさかここで仕事をする事になるとは思ってもいませんでした。

最初の仕事は営業職でした。主に雑誌や新聞を取り扱っていた代理店で、雑誌に掲載する広告企画の企業のトップインタビューの仕事を獲るのが役割でした。ひたすらテレアポを繰り返す過酷な営業でしたが、良かったのは受注した後に、企画や制作にも携われた事です。経営者と直接やり取りしながら記事も自分で書いていました。

―――営業だけでなく制作も経験できたのですね

少人数だったので何でもやる会社でした。そのお陰で、満足いただいたお客さんからはインタビュー記事以外にも相談されるようになり、当時ようやく話題になり始めたインターネット広告を相談されたのがネット広告との出会いです。全く繋がりが無かったため、DAC(※)直接メディアレップに電話して、前金で支払って、始めてバナー広告を購入しました。最初の会社はとても大変でしたが、色々な経験が出来たのはとても良かったですね。

※DAC・・・デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム、インターネット広告を専門で取り扱う博報堂グループのメディアレップ

―――その後ヤフーに転職されますね

ヤフーでも広告営業の仕事に就きました。当時はインターネット広告が普及期に入り、新聞を抜くというような時期でした。担当したのは純広告(予約型広告)の代理店セールスで、博報堂を担当し、ナショナルクライアントの開拓を進めました。

様々な領域を担当しましたが、印象に残っているのはラグジュアリーブランドです。高級ブランドはまだまだインターネット広告には移行していない時期で、どうやって開拓するか、頭を悩ませました。彼らは媒体選定をかなり絞っていて、一部の優良媒体のみに出稿するというポリシーを持っていました。

特に厳しいポリシーを持っていたのがフランスを代表する2社で、業界は彼らの動向を注視しているような状況でした。とりわけ1社は国内では全くインターネット広告をやっていませんでした。2社にどうアプローチするかはチームの大きな課題でしたが、リッチアドやターゲティングでオリジナルの提案を行い大きなキャンペーンを実施する事ができ、ラグジュアリーブランドがインターネットを活用してくれる突破口を開きました。

―――ヤフーでは商品企画にも携わったそうですね

社内の「ジョブチェン」という公募制度で、商品企画や販売促進のセクションに移りました。フロントの営業も楽しかったのですが、大きい組織でオペレーションがしっかり回っている環境だと、末端の営業が出来る事は限られていました。誰かが作ったものを売る立場から、自分で商品を設計する経験をしてみたかったんです。

ちょうど世の中にスマートフォンが普及し始めた時期で、ヤフーも全力でスマホシフトを進めていった時期でした。主に「ヤフーニュース」「ヤフースポーツ」「Gyao」などのメディアを担当して、それぞれの広告商品の設計や開発、営業戦略などを立案していきました。それぞれ膨大なユーザーが利用し、多くの営業担当が動く、スケールの大きさは刺激的でした。

―――商品企画でもブランディング広告がメインだったのでしょうか?

当初はブランディング広告が中心で、そこのマネージャーを経験しました。入社当初は純広告とリスティング広告(当時のオーバーチュア)が会社組織としても分かれていたのですが、徐々に統合されていきました。純広告とYDN(Yahoo Display Network)など複数の広告商材の特色を上手く捉えた提案ができるようになり、営業現場もアップデートされていった印象があります。


《小田恵》

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小田恵

小田恵

フリーランス編集者/ライター。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科卒業後、デザイナーとして広告代理店に勤務したのち、編集プロダクション、駐在員および帯同家族向けの情報誌を発行する海外メディアに編集者として勤務。現在は中小企業経営者や女性自立支援団体へのインタビューを手がけながら、企業の新サービス提供のためのコンテンツ視覚化の手引きもなども行う。

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