5億ドルの買収、ニューヨーク・タイムズにとって何を意味するか【Media Innovation Weekly】1/11号

おはようございます。Media Innovationの土本です。今週の「Media Innovation Weekly」をお届けします。

メディアの未来を一緒に考えるMedia Innovation Guildの会員向けのニュースレター「Media Innovation Newsletter」 では毎週、ここでしか読めないメディア業界の注目トピックスの解説や、人気記事を紹介していきます。ウェブでの閲覧やバックナンバーはこちらから

今週のテーマ解説 5億ドルの買収、ニューヨーク・タイムズにとって何を意味するか

再編は2022年もテーマになる と年末に書いたばかりですが、早速大きな話が舞い込んできました。ニューヨーク・タイムズがスポーツメディアのアスレチック(The Athletic)を5億5000万ドル(約600億円)で買収する事で合意しました。

アスレチックは2006年に立ち上げられたスポーツメディアで、広告ビジネスから脱却して安定的にスポーツを報道する事を目指して、有料のサブスクリプションモデルで展開されてきました。当初はシカゴをカバーし、徐々に全米各地に広げていきました。これまでに約1.4億ドルを調達し、冬には120万人以上の加入者を抱えているものの、黒字化には至っていないと報じられていました。

同社は2021年から売却を模索していると伝えられてきました。大規模なユーザーベースを確立したものの、伸びは鈍化し、依然として赤字で、ベンチャーキャピタルからの投資に依存していました。3月にはアクシオスが交渉に参加、5月にはニューヨーク・タイムズが加わり、ボックスメディアも関心を示したと伝えられます。また、秋にはスポーツベッティングのドラフトキングスも買収候補に挙がっていると伝えられていました。

11月末にブルームバーグは、ニューヨーク・タイムズは同社の評価額を5億ドル未満として、アスレチックが求める6-8億ドルを下回り破談に終わったと述べていました。それから逆転での交渉妥結となりました。

1000万人に近づく購読者

買収に当たって、ニューヨーク・タイムズのメレディス・コピット・レインCEOは「アスレチックの買収により、スポーツジャーナリズムの世界的なリーダーとなり、より多くの人々にニューヨーク・タイムズ・カンパニーに接する機会を提供できます」「私達は1000万人の購読者数を目指していて、新しい市場を開拓する事ができます」と述べています。

ニューヨーク・タイムズは現在、デジタルで760万人の購読者を抱えていて、2025年までに1000万人を目指しています。アスレチックの買収によってこの目標はかなり前倒しになる事が期待されます。

上記のグラフはニューヨーク・タイムズのデジタルでのサブスクリプションの契約者数の推移ですが、順調に成長しているものの、ニュースはニュースサイクルの影響か、2021年に入ってから伸びが緩くなった印象があります。その他はゲーム(クロスワード)、レシピなどですが、こちらは伸びが続いています。1000万人を目指す戦略には製品の多様化がありそうで、商品レビューサイトのワイヤーカッターや、音声サービスのAudmなどでのサブスクリプションも開始されています。

アスレチックは子会社となり、現経営陣は続投します。ニューヨーク・タイムズでスタンドアロン製品(上記の「その他」に入る製品群)を統括するデービッド・パーピッチ氏の管轄となるようです。アスレチックという強力な製品の加入で、1000万人を早期に達成する事ができるでしょうか?

反応と懸念

ニューヨーク・タイムズによるアスレチックの買収は様々な反応がありましたが、「果たして収益化ができるのか」という懸念はReCodeなど様々なメディアが伝えました。アスレチックは2019年と2020年の2年間で1億ドル以上の赤字を出していて、最も楽観的な予想でも2023年までは赤字のままとされていたということです。大量の現金を必要とし、売却候補には中等のソブリン・ウエルス・ファンドも含まれていたそうです。

さらにニューヨーク・タイムズが過去に行った巨額の買収はいずれも失敗に終わっているという指摘もありました。同社は1993年にボストン・グローブを11億ドルで、2005年にはAbout.comを4億1000万ドルで買収しましたが、どちらも上手くいかず、ボストン・グローブは2013年に7000万ドルで、About.comは2012年に3億ドルで売却する事になりました。

買収を伝えるプレスリリースでは「この買収により約3年間、ニューヨーク・タイムズの営業利益は希釈化するが、同社の規模が拡大しサブスクリプションと広告の両事業が立ち上がる事で増益に転じると予想しています」と述べられています。

別の観点からの懸念として地方新聞をより苦境に立たせるのではないか、という指摘もありました。地元のスポーツチームの情報は地方新聞の強みが発揮されていた部分です。これに対してアスレチックは地域ごとに体制を整え、270以上のチームをカバーしてきました。皮肉にもローカルメディアの衰退で仕事が失われつつあった、各地の有力なスポーツジャーナリストを雇う事でこれは達成されてきました。

シアトル・タイムズの元編集長のデビッド・ボードマン氏は「購読者の立場で言えば、まだアスレチックはフィラデルフィア・インクワイアラー、シアトル・タイムズ、ボストン・グローブのような有力地方紙のレベルには達していません」とツイートしています。ただ、それでも地元紙の読者に購読を悩ませる材料は提供するでしょうし、アスレチックが会員数を増やそうとすると、こうした有力マーケットに攻勢をかけるだろうというのは間違いありません。

スポーツビジネス専門誌のFront Office Sportsが指摘するように、とはいえアスレチックは収益化を達成しておらず、2021年はコストカットを進め、その過程で有力なタレントを何人も失っているということです。上場企業であるニューヨーク・タイムズが買収した以上は毎年数千万ドルの赤字を垂れ流す事は許されず、上記のような懸念はまだ先の事かもしれません。

◆ ◆ ◆

100万人を超える契約者数を抱える一方で、多額の赤字を記録するという、判断の分かれるアスレチックですが、同じサブスクリプションに邁進し、10億ドルの現金を保有する、ニューヨーク・タイムズというこれ以上ないパートナーによる買収が決まりました。今後どのような統合が図られていくのか、要注目です。

今週の人気記事から NFTマーケットプレイス「OpenSea」の躍進

昨年から度々話題に上がるNFTですが、エコシステムの成長が続いているようです。マーケットプレイスで最大手のOpenSeaは年明けに3億ドルの資金調達を実施し、時価総額は133億ドルとなり、この1年間で評価額は10倍になったということです。NFT市場には様々なマーケットプレイスが存在し、チェーン対応や得意分野などで細分化され要素もありますが、ナンバーワンとしてどのような成長戦略を取るのでしょうか? 多額の資金を集めていることもあり、一部には上場観測もあるようです。

1.OpenSea、半年で評価額が10倍近くに

2.インティメート・マージャー、ソーシャルディスプレイ広告作成・配信ツール「Nova」を販売開始・・・カナダPolar社とパートナー契約締結

3.DX支援のゆめみ、ビジネスWebメディア運営のSELECKを買収、メディア価値向上を目指す

4.JX通信社、ニュースアプリ内で感染症予報情報を提供するテスト開始・・・日立SISと共同で

5.アピリッツ、ファンコミュニティサイト運営のムービングクルーを子会社化・・・優秀なデジタル人材の強化を目指す

6.オトナル、ポッドキャスト番組間のリスナー送客を可視化するサービス「Podcast Tracking」を提供開始

7.CoeFont、AI音声に感情を纏わせる機能を一般ユーザー向けに提供開始・・・AI音声市場の拡大を目指す

8.オミクロンで更なるインフレに? 米専門家予想

9.アップル、米国初の時価総額3兆ドル企業に

10.富士山マガジンサービス、雑誌定期購読サービスを日販へ提供

会員限定記事から 映画大手3社の業績を見る

新年一発目の「メディア企業徹底考察」では東宝、東映、松竹の映画3社の業績を比較しています。各社ともに新型コロナウイルスや業界構造の変化に影響を受けていますが、中でも特に厳しい状況となっている松竹にフォーカスを当てています。

1.【メディア企業徹底考察 #39】映画御三家の収益構造を解説、松竹はなぜひとり負けしたのか?

2.パブリッシャーはポッドキャスト活用で新時代を築けるか・・・レポート「Media Moments 2021」

3.ブルームバーグCEOが退任し、新メディア立ち上げへ・・・編集長にはNYTコラムニストが就任

4.Twitter、音声ライブ「スペース」へのアクセスを制限する新オプションをテスト中か

5.ニューヨーク・タイムズがスポーツメディア「ジ・アスレチック」を買収・・・購読者1000万人に向けスポーツファン獲得目指す

6.ウォール・ストリート・ジャーナル発行のダウ・ジョーンズが1Q業績を発表・・・2021年は「最も成功した年のひとつ」

7.Twitterで人気のニュースアグリゲーター「Politics For All」のアカウントが永久停止される・・・ニュース記事を一部抜粋し、40万人のフォロワーを集める

8.NBCユニバーサル、ファーストパーティIDプラットフォーム「NBCUnified」を発表

編集部からひとこと

今年も毎週月曜日のMedia Innovation Weeklyをどうぞ宜しくお願いします。今年はよりコミュニティ化を推進していくということで、会員限定のDiscordのコミュニティを立ち上げました。DAO化したいという宣言も書きましたが、今年はもっと多くの皆さんと一緒に、このMedia Innovationを作っていければと思っています。メディア界隈で何かしたいよ、という方はぜひ参加してもらえると嬉しいです。

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【12月6日更新】メディアのサブスクリプションを学ぶための記事まとめ

デジタルメディアの生き残りを賭けた戦略の中で世界的に注目を集めているサブスクリプション。月額の有料購読をしてもらい、会員IDを軸に読者との長期的な関係を構築。ウェブのコンテンツだけでなく、ポッドキャストやニュースレター、オンライン/オフラインのイベント事業などメディアの立体的なビジネスモデルをサブスクリプションを中核に組み立てていく流れもあります。

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Manabu Tsuchimoto
デジタルメディア大好きな「Media Innovation」の責任者。株式会社イード。1984年山口県生まれ。

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