【メディア企業徹底考察 #74】電子カルテeWeLLが新規上場、驚異的な成長力の源泉は?

訪問看護専用電子カルテ「iBow」を提供する株式会社eWeLLが2022年8月12日に上場承認を受け、9月16日にグロース市場に新規上場します。

訪問看護ステーションに関連する医療費・介護給付費は上昇を続けています。訪問看護事業所数も2021年に12,000を超えて右肩上がりに増加を続けています。

■訪問看護ステーションに係る医療費・介護給付費の推移(単位:億円)

■訪問看護事業所数の推移

※公益財団法人日本訪問看護財団「訪問看護の現状とこれから 2022年版」より

eWeLLは2022年3月時点でシェア13.2%を獲得。解約率は0.1~0.2%と極めて低く、利用単価が四半期で17%上昇しています。eWeLLは市場の選択に成功し、ニーズに対するサービスの質がマッチした好例と見ることができます。

訪問介護大手N・フィールドとともに成長

eWeLLは2012年6月設立。創業者で代表取締役社長の中野剛人氏は元ジェットスキーのプロ選手で、世界ランク2位の実力派でした。飲食店の経営などを経てeWeLLを設立すると、その年に訪問看護サービスの株式会社N・フィールドとコンサルティング契約を結びます。2013年に看護記録システム「iBow」をリリースしました。

N・フィールドは2013年8月に当時のマザーズに上場しており、精力的に訪問看護事業を拡大していました。2020年12月末時点で拠点数は217。上場前の2013年6月末時点では28拠点でした。7年半でおよそ7.8倍に増加したことになります。なお、N・フィールドは国内の独立系投資ファンドであるユニゾン・キャピタルが2021年2月にTOBを実施し、株式は非公開化されています。

ユニゾン・キャピタルは買収した企業価値の底上げを図るため、ロールアップ戦略をとる可能性があります。ロールアップ戦略とは、同業他社を次々と買収して市場シェアを高め、会社の収益性を高める手法。投資ファンドが得意としています。

eWeLLの主要な取引先が現在もN・フィールドなのかはわかりません。しかし、eWeLLはN・フィールドとコンサルタント契約をしていた過去があり、訪問看護記録システムは半ば共同開発のような形で誕生したと考えられます。もし、取引量が細くなっていたとしても、eWeLLがN・フィールド及びその周辺の会社に接触することは難しくないでしょう。更なるシェア拡大に期待ができます。

eWeLLの業績は2020年に入ってから急加速しました。2021年12月期の売上高は前期比50.9%増の11億9,200万円、経常利益は同98.5%増の4億300万円で着地。2022年12月期の売上高は前期比26.8%増の15億1,200万円、経常利益は同29.5%増の5億2,200万円を予想しています。

■eWeLL業績推移

上場目論見書より筆者作成
※経常利益率の目盛りは右軸

特徴的なのが、黒字化してから利益率が上がり続けている点。2020年12月期は25.7%、2021年12月期は33.8%、2022年12月期は34.5%となる見込みです。2年で10ポイント近く上がっています。

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月単価が9,000円上がっても解約率は0.1%以下

経常利益率の高さは競合他社と比較すると明らか。Web型の電子カルテや医療会計システムを提供するソフトマックス株式会社の経常利益率は12.0%、電子カルテシステム「MI・RA・Is」の株式会社CEホールディングスが6.7%です。

実は電子カルテは大病院の普及率が8割を超えているものの、病床数が200未満の中小規模病院では4割にも達していません。診療所などを中心として、医療業界のIT化は進んでいないのです。市場環境の悪さは電子カルテを扱う企業の利益率に影響していると考えられます。

■電子カルテ系企業の経常利益率比較

※グラフの数値は過去3期の経常利益の平均(eWeLLは2022年12月期の予想値を含む平均)

導入が進まない理由は、費用が高額なことも挙げられますが、一番の問題は医師が高齢でITスキルが身についていない、またはデジタル化するメリットを十分に理解できないことだと言われています。その点、eWeLLは職員が比較的若い訪問介護スタッフが主な利用者。現場で働くスタッフは業務量も多く、負担軽減のシステムは歓迎されます。

旺盛に伸びている市場であり、訪問看護に従事するスタッフとの相性が良かったことが、eWeLLの成長を後押しする最大の要因でしょう。

シェアは2019年3月から2ポイント程度毎年拡大しています。2022年3月のシェアは13.2%。ここでいう”シェア”は、システムを導入している事業所を全国訪問看護協会が公表する稼働訪問看護ステーション数で除した数値。2021年の 稼働訪問看護ステーション数は13,003でした。eWeLLは1,716の事業所に導入されていることになります。

上場目論見書より筆者作成

解約率の低さも注目のポイント。2019年12月期から3か月の解約率が0.2%以下に抑えられています。

上場目論見書より筆者作成

単価は上がっていることから、満足度は高いものと予想できます。

上場目論見書より筆者作成

2021年10-12月の平均単価は69,000円。前年同期間と比較して9,000円も上がっています。それでも解約率は上がっていません。eWeLLは営業力が強く、素早くシェアの獲得に動いています。それに加えて解約率が低いので単価を上げやすく、利益率を高めることができます。

今回の上場で新規発行する株式数は50,000株。1,793,100株を既存株主が売却します。

上場前に出資をしたベンチャーキャピタルの出口戦略としての性格が強いIPOです。仮に公募価格が1,700円だったとすると、eWeLLが調達できる資金は8,500万円しかありません。裏を返せば、資金調達に頼ることなく成長する自信があるとも見ることができます。

市場、営業力、サービスの質が上手く噛み合うケースは滅多にありません。eWeLLのIPOはスタートアップの理想的な姿を見せつけ

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