【書評】ブロックチェーン時代のメディアビジネスとメディアリテラシーを占う・・・「ソーシャルメディアの生態系」

450ページに及ぶ大著。著者は、ウォルト・ディズニー社のイノベーション部門トップなど歴任したオリバー・ラケット(Oliver Luckett)と、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの新デジタル通貨イニシアティブのシニア・アドバイザーを務めるマイケル・ケーシー…

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【書評】ブロックチェーン時代のメディアビジネスとメディアリテラシーを占う・・・「ソーシャルメディアの生態系」
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450ページに及ぶ大著。著者は、ウォルト・ディズニー社のイノベーション部門トップなど歴任したオリバー・ラケット(Oliver Luckett)と、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの新デジタル通貨イニシアティブのシニア・アドバイザーを務めるマイケル・ケーシー(Micheal J. Casey)。

本書では、ソーシャルメディアとそれを取り巻く言論空間を「ソーシャル・オーガニズム」(社会的有機体)と規定する。社会有機体説というと、19世紀の社会学者ハーバート・スペンサーらが提唱した学説を思い出す人もいるだろうが、代謝や免疫といった生物の自律的な働きになぞらえて語っているという点で、同様の発想から来ていることは言うまでもない。

メディアビジネスに関わる人間にとって、注目すべき論点は2つあるだろう。

ひとつは、ソーシャルメディアを取り巻く言論空間で問題となっている、フェイクニュースやヘイトスピーチはなぜ広がるか、そしてその拡散と伝播にどのように対処すべきかという、いわば倫理的な問題。もうひとつは、近い将来到来するブロックチェーン時代において、いかにコンテンツ資産を活用しマネタイズを実現させるか、というビジネスの問題だ。

検閲・ブロックか、それとも多様性の確保か

まずひとつめの論点から。

「ソーシャルメディアが愛ややさしさなど、人生を肯定するようなメッセージにそんなにも良い反応をするのなら、なぜ現実のソーシャルメディアはこれほど多くの憎しみであふれているのか? 」(265ページ)

ソーシャルメディアを日常的に触れる人であれば、だれもが抱く素朴な疑問だろう。こうしたソーシャルメディに潜む闇の背景には、人々に恐怖と不安を感じさせるネガティブな投稿こそが人々の関心をとらえると著者は指摘する。直接的な復讐にさらされることのないオンライン上では、どれだけでも罵詈雑言を吐き出せる。「ネガティブなフィードバックのメカニズムはそうした人々を止めることはできない」(271)。

では、こうしたソーシャルメディアの持つ負の部分を、いかにしてポジティブなものへと変えていくか。マンガの海賊版サイトや児童ポルノ・薬物などの有害サイトといった問題と絡めて、政府やプラットフォーマーによる検閲(フィルタリング)やサイトブロック(アクセス遮断)の導入が日本でもしばしば社会的な関心時として取り上げられるが、著者は明確に反対の意志を示す。なぜなら、検閲のラインは時を措かず曖昧になる可能性があるだけでなく、そうした禁止措置は管理者側の乱用や無分別を招きかねないためだ。

情報の検閲は、受け手側の抵抗力や耐性を失わせることにも繋がると著者は言う。言うなれば、「(検閲は)病気と闘うために抗生物質という傭兵を連れてくる戦略と似ている」。しかび抗生物質に頼っていては免疫力は改善しない。「ソーシャル・オーガニズムはそうした病原体と独力でいかに戦うべきか、いつまでも学ぶことができなくなる」(318)。

したがって、著者は意見の多様性は保証すべきとのスタンスを取る。「私たちが社会の成長を願うのなら、そしてソーシャルメディアを、人間存在を向上させるための建設的なフォーラムに変えたいを願うなら、文化の中にはびこる憎悪や不寛容や威嚇などの「病気」に、あえて身をさらさなければいけない。それは検閲とはまったく逆のやり方だ」(306)

そのうえで、必要なことはソーシャルメディアの経験にさらされることだという。

「私たちに必要なのは、(中略)人々が他者のコメントを解釈する際に背景事情を鑑みたり、自分がソーシャルメディア上で発信した反射的なコメントがどれほど大きな害をもたらすかを、背景事情を含めて認識したりできるようにすることだ」。そのためには 、「ソーシャルメディアの経験を重ねながら、もっと多感覚な世界を育てていかなくてはならない」(284)

先日、とあるテレビドラマで出た、幼少期に様々な菌にさらされることで感染症やアレルギーのリスクを低下させるという「衛生仮説」という言葉がソーシャル上を賑わしたが、著者の考え方もこれに即していると言えるだろう。

ブロックチェーンがもたらすメディアビジネスの革新

ふたつ目の論点に関しては、割かれている紙幅は多くはないが、メディアビジネスに関わる業界にいる者にとっては、なかなか示唆に富んでいる。

メディアの収益源は、周知の通り、紙であろうと放送であろうとそしてネットであろうとほぼ広告頼みという状況が300年にわたり続いている。最近現れたサブスクリプションでさえ、成功しているのはほんの一握り。さらには、広告ブロックの機能実装、そして広告主にとってはアドフラウドによるリスク回避の動きによって、広告収益がシュリンクし、厳しい経営状況に追いやられつつあるメディアは少なくない。

そこでメディア(とそのコンテンツの担い手であるクリエイター)の新たな収益モデルの源泉として可能性を見いだしているのがブロックチェーン技術だ。

著者が収益モデルを変えるための条件として挙げられているのは「少額決済の実現」と「従来手法を代替する支払いスキームの登場」の2点だ。

さらに、改ざん検出が可能なデータ構造と、データの同一性を保証する仕組みを持つブロックチェーンの特性から、メディアや制作者は自社の保有するコンテンツの改ざんや違法コピーを抑制できるようになる。さらにスマートコントラクトは、コンテンツの使用権管理と使用料/閲覧料の授受がより簡便化される。さらには仮想通貨の利用によって、プラットフォームや決済代行業者らによる二重三重の中抜きを回避できるため、収益性も改善される。

コンテンツの作り手(クリエイター)だけでなく、人を集めそれらを提供するプラットフォームであるデジタルメディアにとっても、この仕組みは有利に働く。大手メディアでさえも、しばしば他媒体の記事の剽窃や流用が発覚し、しばしば問題になるが、ブロックチェーンの恩恵で「誰かの記事をルールに従わずにコピーしたりペーストしたり、誰に属するのか明確でない画像を投稿したり、音楽ファイルを勝手に共有した入りする無数の不埒な輩を過去に遡って探し出し、訴えるというほぼ不可能な仕事から解放されることになる」(371)。

著者は、このメディアビジネスの技術的変革は、「クリエイティブな作品の産業界におけるゲーム・チェンジャーになる」可能性を見いだし、「ソーシャル・オーガニズムの根底にある経済の機能を大きく変化させるかもしれない」と結論づけている(372)。

膨大なコンテンツを保有するメディア企業ほど、コンテンツ資産の活用に頭を悩ませている。サブスクリプションではユーザー側が元を取っているという認識に乏しく、安価で提供してしてしまえば企業側は収益面で貢献しない。ブロックチェーンの技術導入は、こうしたジレンマを打ち崩してくれる可能性を示唆している。

ソーシャルメディアの未来に希望を見いだすための力作

「それ(ソーシャルメディア)はおそらく、インターネットを土台にした他のいかなるテクノロジーよりも、創作的生産のプロセスにーーそして私たちの急速な学習と革新の能力にーーさらに大きな貢献をしてきた」 (400)

この一文にあるように、本書での著者の一貫した姿勢は、生物がこれまで歩んできた進化と照らし合わせ、(負の側面も同居しているとは言え)ソーシャルメディアがこれまで人々にもたらしてきた貢献に対する信頼と希望を隠さない著者のポジティブなスタンスだ。そして、情報の検閲については明確に反対の立場を取り、多様な意見との共存こそが、ヘイトスピーチや「荒らし」に対する「文化的抗体」をつくり、より良い社会世論を形作っていく。いわゆるビジネス書ではなく、文化人類学的・社会学的な視点からソーシャルメディアを通じて得る情報との付き合い方を改めて考えさせられる一冊。

《北島友和》

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北島友和

北島友和

大学院修了後、約4年の編集プロダクション勤務を経て、2006年にイード入社。およそ10年間、レスポンス・RBB TODAY等の編集マネジメントやサービス企画を担当。その後2016年にマーケティングコンサルティング会社に転じ、メディア運営の知見を生かした事業会社のメディア戦略やグロース支援にプロマネとして携わるほか、消費財メーカーの新規事業・商品企画・コミュニケーション戦略立案等の支援に従事している。

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