弁護士のポータルサイトを運営する弁護士ドットコム株式会社が、ビジネスモデルの転換点を迎えました。
2023年10月2日に判例データベース「判例秘書」を提供するエル・アイ・シーの全株を取得したのです。弁護士ドットコムは、12月13日に連結に伴う業績予想の修正を行いました。2024年3月期の通期売上高を期首予想よりも6.2%高い114億円に修正しました。営業利益は従来予想を据え置き、12億円以上としています。
エル・アイ・シーの取得は足元の業績への影響は軽微なものの、「判例秘書」は法曹界に深く食い込む重要度の高いサービス。弁護士ドットコムは法曹界でのポジションを確固なものとしました。
法曹界の実務家5万人が利用する「判例秘書」
判例データベースは過去の裁判事例情報をオンライン上で検索・閲覧できるもの。法曹界での重要度が極めて高く、法律事務所や裁判所、法律系の大学・大学院の運営において欠かすことができません。投資家にとってのBloomberg、コンサルタントやPEファンド、M&A仲介事業者にとってのSPEEDAというとイメージしやすいかもしれません。
裁判所が「裁判例情報」を無償で提供していますが、判例の解説や評釈と結びついていないため、判例を深く理解することができないという弱点があります。その点、民間で提供している判例データベースは情報量が多く、解説を交えて深く理解することができます。実務や学習、研究を行う上で必須であり、有償であることは利用のハードルにはなりません。
判例データベースは、会計事務所や税理士事務所などに情報サービスを提供するTKCも提供しています。複数の会社が取り扱っており、弁護士ドットコムが買収したエル・アイ・シーはその中の一社です。
「判例秘書」は法律家の実務では欠かせない「判例タイムス」「金融法務事情」「労働判例」「金融・商事判例」を網羅。エル・アイ・シーは法曹実務家5万人が利用しているとしています。
現代ビジネスは記事「判例検索ソフトの「コピペ裁判官」が増殖中…その深刻な背景」において、エル・アイ・シーと最高裁判図書館は提携関係にあると報じています。「判例秘書」は裁判官にとって無くてはならないツールとなっており、そのままコピペしている裁判官もいるというのです。
その真偽はともかくとして、「判例秘書」が法曹界にとって必要不可欠なものになっていることは間違いありません。弁護士ドットコムが弁護士500名を対象にアンケート調査を行った結果、およそ50%が判例データベースとして「判例秘書」を使っていると回答しています。
エル・アイ・シーの2023年3月期の売上高は前期比1.6%増の16億6,500万円、営業利益は同16.6%減の1億4,600万円でした。買収後も代表取締役社長の讃井泰雄氏が経営を行うと発表しました。買収額は非公開となっているものの、弁護士ドットコムの2023年3月期における純資産31億6,700万円の15%以上の金額であると明かしています。
弁護士ドットコムへの影響は小さいながらも、業績は安定しています。そして何よりも法曹界へのインパクトは大きいものであり、社長が残るなど条件が良いことから高値で買収したものと予想できます。
なお、弁護士ドットコムは12月14日にみずほ銀行などから、19億5,000万円の借入を行いました。
法律業界のエムスリーとなれるか?
「判例秘書」の利用料を引き上げて、業績の底上げを図ることもできますが、買収後に値上げを行う可能性は低いでしょう。独自のポジションを守っているとはいえ、TKCのサービスなどへの利用者の流出を招きかねないためです。
ただし、「判例秘書」に付加価値をのせることに成功すれば、相応の対価を受け取ることができます。
弁護士ドットコムは、今年9月28日にAIを搭載した弁護士用書籍検索サービス「弁護士ドットコムLIBRARY AIアシスタント(α版)」の提供を開始していました。弁護士が、論点を整理して関連書籍を探すという作業に時間をかけていることに着目。GPT-4を活用した文章検索で、質問を投げかけると関連する書籍が表示されるというものです。
この検索ノウハウに判例の網をかけることで、弁護活動に必要な情報を素早く入手することができ、弁護士のリサーチにかける業務負担を大幅に削減することができます。弁護士の実務に必要な情報プラットフォームを構築することが、弁護士ドットコム最大の狙いです。これを「リーガルブレイン」と呼んでいます。
エリート向けの医療情報プラットフォームを構築した会社といえばエムスリー。2000年に創業し、売上高は2,500億円。今や時価総額は1.5兆円を超えています。日経225を構成する銘柄の一つになりました。
弁護士ドットコムはエル・アイ・シーの買収により、法曹界におけるエムスリーになるポテンシャルを獲得しました。
絶妙なタイミングで電子契約書サービスを提供
弁護士ドットコムの足元の業績は好調です。
転機となったのは、2019年10月に三菱住友フィナンシャルグループと設立した合弁会社SMBCクラウドサイン。クラウド型の契約サービスです。図らずも会社設立から間もなくして新型コロナウイルス感染拡大が深刻化。非対面型で交わすことができる電子契約書の需要が急増しました。クラウドサインは、国内の電子契約サービスで50%程度のシェアを獲得していると見られています。
クラウドサインの売上高は、主力の弁護士ドットコムに関連するサービスを追い越し、全体の5割を占めるまでに成長しています。

※決算説明資料より
クラウドサインはSMBCグループという強力な後ろ盾がいるため、銀行や証券会社、不動産、地方自治体、大学など、巨大組織を中心に導入が進みました。合弁会社はSMBCグループが51%、弁護士ドットコムは49%と弁護士ドットコムに不利な条件で設立されているものの、営業面においては多大な恩恵を受けたと言えるでしょう。クラウドサインにおける成功がなければ、弁護士ドットコムの成長は限定的であり、エル・アイ・シー買収が実現したかどうかもわかりません。
■クラウドサインを導入している組織

※決算説明資料より
同社の営業利益率は10%を超えています。
「リーガルブレイン」構想を現実のものとし、弁護士にとって必要不可欠なサービスを提供できれば、更なる成長に弾みがつくのは間違いありません。