【メディア業界2024年の展望】AI導入に向けて業務フロー全体の見直しが必要、Liquid Studio尾形代表

2023年は、生成AIを中心にメディア業界で本格的に仕事を開始した年となりました。2022年11月にChatGPTが発表された時から「まずはテキストメディアに影響があるだろう」と考えましたが、実際に海外を中心に実務レベルで様々な変化が起きています。

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Media Innovationでは毎年恒例の年末年始企画として、メディア業界の様々な方に、2023年の振り返りと、2024年の展望について寄稿いただきました。良いことあり、辛いことあり、という一年間の後に、どんな飛躍が待っているか、皆さんからのメッセージを順次公開していきますので、お楽しみに。

尾形拓海
リキッドスタジオ代表
メディアエンタメ業界に特化したコンサルティングサービスを提供するリキッドスタジオ代表
東京大学経済学部を卒業後、アクセンチュアに新卒で入社。大手新聞社へ新規デジタルサービスの戦略立案やオペレーション構築支援、キー局とNHKへデジタルマーケティング戦略立案やDXプランニング支援を行うなど、メディア&エンターテインメント業界におけるビジネスコンサルティングに従事。
その後、シンガポールへ移住しエンタメ系Web3スタートアップへ入社しビジネス全般を統括。倒産後、日本へ帰国しNetflixへ入社。コンテンツライセンス担当として、「ヤクザと家族」「Perfume Time Warp」「ゴールデンカムイ」などNetflix Originalを含む200以上の作品を調達。

今年はどんな仕事に取り組みましたか?

2023年は、生成AIを中心にメディア業界で本格的に仕事を開始した年となりました。2022年11月にChatGPTが発表された時から「まずはテキストメディアに影響があるだろう」と考えましたが、実際に海外を中心に実務レベルで様々な変化が起きています。そういった事例や業界のマクロトレンド、最新サービスの動向などを元に「生成AIがメディアビジネスへもたらす機会と影響、それに対処する基本戦略」といった内容の講演会や社内勉強会を多数ご提供させて頂きました。それをご縁に生成AIの実務導入をご支援する機会も多数頂き、日本でもかなりのスピードで導入検討が進んでいることを体感しています。

とはいえ、メディア業界には生成AI以前に対処しないといけない課題が多数存在します。AI以外のより一般的なメディアビジネスやDXに関するご相談を頂く中で、まずはそういった課題への対応こそが足元を固める意味でも非常に重要であることを実感しました。

エンターテインメント方面の仕事でも、やはり生成AIの話題が非常に多く出てきます。講演会への登壇だけでなく、AIの組み込みを前提とした新規エンタメサービスの構築支援などにも取り組ませて頂きました。それ以外の案件でも、表向きは従来型のエンタメサービスながら裏側でGPTを走らせるなど、「とにかく使えそうなところで使う」という良い意味で前のめりな状況にあると感じました。

今年一番注目した出来事は何だったでしょうか? (業界動向、身の回りで起きたこと、その他何でも構わないです)

AP通信やAxel Springerなど大手ニュースメディアが、OpenAIなどのAI企業へ記事コンテンツをライセンスする意思決定をしたことです。News Corporationも同様の検討を行っている他、Appleは自社LLM開発のために多数の報道機関とライセンシングに向けた議論を進めています。

AI企業はニュースメディアの記事を無断でスクレイピングし事前学習に使用してきました。これは著作権的にも倫理的にもグレーであり、9月時点でトップ1000のウェブサイトのうち25%はOpenAIのクローラーをブロックする措置を講じています。8月には「NewYorkTimesがOpenAIを著作権違反で訴訟する間近」と報道されるなど、基本的にAI企業とメディア業界は敵対関係にあるように見えます。

しかし他業界を見てみると、当該業界とテクノロジーがうまくビジネス的妥結点を見つけることが、当該業界全体の長期的成長に繋がっている例が多数存在します。その代表例が音楽業界です。音楽業界は、2000年前後にP2Pファイル共有サービスであるNapstarに代表される海賊サービスの歯止めがきかず、市場規模が縮小の一途をたどっていました。当初は完全に敵対関係にあったテクノロジーと業界でしたが、2001年のiTunes、2006年のSpotifyと、合法的に優れたユーザー体験を提供するテクノロジーサービスが登場します。音楽レーベル各社は、激しい交渉の末両サービスとライセンス契約を結び、レベニューシェアモデルを確立しました。その後はご存じの通り、両サービスとも急速に消費者の支持を得て海賊サービスは勢いを失い、現在は年率8%強の成長率で市場規模も過去最大を更新し続けています。音楽業界以外にも、海外におけるアニメ作品の流通やYoutubeなど様々なコンテンツビジネスで同様の現象が確認できます。

もちろん、音楽とニュースは性質が全く異なるコンテンツですし、AI企業からの収益還元率の違いなど様々な変数が存在します。そのため音楽業界の例は参考程度に留めて頂きたいのですが、アナロジーとしては非常に興味深いのではないかと考えています。ニュース業界でも、GoogleやSNS、Yahoo Newsなど第三者を媒介した流通はトラフィックの大きな割合を占めます。業界はこれらテクノロジーサービスと(良し悪しは別として)共存してきたわけですが、今後ニュース消費がAIサービスを介すようになった場合、やはりAI企業との向き合い方は重要な論点になるでしょう。音楽業界やアニメ業界のように、どこかでビジネス的妥結点を見つける必要があるのかもしれません。AP通信やAxel Springerの取り組みはこの論点に対する一つの考え方を示しており、一つの試金石として2023年で最も注目した出来事でした。

メディア業界で今後の焦点となりそうな事は何だと思いますか?

AIという観点では、「実務への組み込みに向けた現場社員の啓蒙や業務フローの見直し」だと思います。2023年は、生成AIが認知され、その能力やリスクへの理解が進み、海外で先行事例が出始めた年でした。その点で実務導入の土壌は一定整ったと感じており、実際に実務での活用を検討するメディア企業が徐々に出現してきています。まずはROIが出る形での活用方法を見つけることがスタート地点だと思いますが、それを実務に浸透させるには、現場社員の皆様へAIの有効性を理解して頂くこと、そして「Human In the Loop」など業務フローの見直しが必須です。生成AI観点では、次にそのような「実務導入に向けた現場改革」が重要な論点となるでしょう。

AI以外のより一般的なメディアビジネスでは、「読者との直接的な繋がりの強化」が最重要になるでしょう。対話型AI検索エンジンやゼロクリック検索の増加、XとFacebookのフィードアルゴリズム改変、TikTokやInstagram Reelsの躍進、記事要約型ポータルサイトの出現など、第三者を介したニュースメディアへのアクセスが長期的に減少することはほぼ明らかです。また、来年はサードパーティークッキーが廃止されることもあり、いかに読者IDを多く獲得しエンゲージメントを高めるかが重要な論点になります。

2024年への意気込みを聞かせてください

AIはメディア業界へ大きな影響を与えるテクノロジーです。無視することはできない存在であると同時に、進化が速すぎてキャッチアップするだけで膨大な工数を要します。日々の業務が忙しい業界の皆様にとっては、その分悩みの種になっているかもしれません。私はメディアエンタメに特化したコンサルタントとして、情報量だけでなく解像度や理解度も高水準を維持し続け、悩みの種の解消に少しでもお力になれるよう引き続き邁進できればと考えています。また、AI活用以前に求められているより一般的なメディアビジネスにおける課題においても、戦略面・実務面・技術面から価値を感じて頂けるようなご支援体制を強化していきます。


《編集部》

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