これまで紙の新聞を運営してきたニュースパブリッシャーにとってデジタル化は喫緊の課題で、多くのパブリッシャーがデジタル版を立ち上げ、有料でサービスを提供しています。パリ政治学院ジャーナリズム・スクールの准教授であり、AIによるニュース評価サービス「Deepnews.ai」を運営するFrederic Filloux氏は、自身の発行するニュースレターで「多くのニュースサイトやアプリは欠陥に満ちている」と指摘。毎年1500ドル(約16万円)をニュースの購読料に費やすFilloux氏は、自身の体験をもとにユーザーエクスペリエンス向上のために改善すべき点を厳しい目線で紹介しています。
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1.ログイン、本人確認
1つ目は、購読者情報の管理に関する問題です。例えば、IDクッキーが管理できておらず、サイトを訪問するたびにログイン情報を求められることがあるといいます。また、ある有名パブリッシャーでは、購読者データベースが整理されていないがゆえに、デジタル版の購読者であるにも関わらず印刷版の案内が自宅に届いたり、モバイル版の購読者として登録されていてもデスクトップ版では購読者として認識されない、などの問題を経験したといいます。
その他、ニュースレターの登録処理に10日間を要したり、受信したメールに有料サイトのパスワードが記載されてしまっていたりといった経験を紹介しています。デジタル化に際して、技術面でのプロフェッショナルが不足していることが原因と思われます。
2.サイト内検索エンジン
次にFilloux氏は、ニュースサイトやアプリ内の検索エンジンの使い勝手が悪いことを指摘しています。例えば、多くのサイトの検索エンジンにオートコンプリートなどの検索補助機能が無かったり、検索履歴の表示、記事の種類による絞り込み検索が無かったりします。
また、この非効率性はレコメンド機能にも引き継がれており、最悪の場合にはTaboolaやOutbrainといったコンテンツレコメンデーションサービスに頼っているものの、その効果はまちまちだと言います。
3.パーソナライズされておらず、皆同じ扱いを受けている
3つ目は、いつも利用しているサイトに訪れても、初めて訪問したようなページが表示されてしまうことです。全ての人に同じようなホーム画面が表示され、興味のないトピックをミュートすることができないことは「呆れてしまう」「AmazonやYouTubeにログインしても、いつも同じホームページが表示されるようなものだ」と同氏は指摘しています。
特に幅広いジャンルをカバーしているニュースサイトであれば、パーソナライゼーションによってユーザー体験が劇的に改善するかもしれません。
4.アプリの機能実装が不十分
パブリッシャーが提供しているモバイルアプリについて、Filloux氏は次のような問題点を指摘しています。まず、オンライン接続を頻繁に要求されることです。読もうと思ったページを全て開いておき、飛行機や電車など電波の届かない場所で閲覧しようとしても、アプリを開くたびにオンライン接続を求められることに対して苦言を呈しています。
また、購読を中断・解約した際に、保存しておいた記事が読めなくなったり、アプリ内から他サービスへの共有がウェブ版のようにはできないよう制限されていることについても批判しています。印刷版では自由に保存したり切り抜いたり、他社に見せることができる自由を提供していることと比較して「論理性に欠ける」と述べています。
5.イライラするページ読み込み
ソフトウェア開発に手を抜いてはいけない(潤沢な資金があるはずの)裕福なパブリッシャーであっても、ページのレンダリングが最適化されていないためにスクロールが飛び飛びになったり、広告モジュールの読み込みが遅れてページがカクカクしたりする例があると指摘しています。
これまでの慣習を捨て、惜しみなく努力すべき
Filloux氏は、ここまでに挙げたような問題は、印刷文化が支配的なパブリッシャーにおいて特に顕著だといいます。責任者、上層部がデジタルを二の次に考えており、こういった事柄を問題視しないことは間違っていると批判しています。
デジタル版のユーザー体験を重視すべき理由の一つは、デジタルメディアに対するユーザーからの期待が高くなっていることです。グーグルやアマゾンなどの大手デジタルプラットフォームが高い完成度のサービスを提供しているため、お金を支払っているユーザーはそういったサービスと同等の「最高のサービス」を期待しているのだと言います。もはやニュースメディアの比較対象は同業他社のニュースメディアではなく、グーグルやアマゾンなどの大手サービスであるとも言えるでしょう。
また、デジタルニュースメディアの競争は激化していることも理由の一つです。無料のメディアと比べて付加価値をつける必要がある上に、有料サービスも増え続けており、競争に勝つためには惜しむことなくサービスレベルを向上させなければならないと指摘しています。
もちろん、これまで紙媒体で運営してきたパブリッシャーにとって、デジタル版を立ち上げるだけでも大きな負担が生じます。新たに人材を用意する必要もあります。しかし、レガシーメディアは「読者を所有している」というこれまでの考え方を捨て、よりよいユーザーエクスペリエンスを提供することで、購読者を維持する努力が必要だとFilloux氏は主張しています。そして同氏は最後に、「割引購読」の案内を至るところに表示させるのではなく、体験向上に努めることでその必死さを示すべきである、と皮肉たっぷりに述べて