決済サービス「チケットペイ」や広告効果測定システム「X-aid」など、フィンテックサービスやマーケティング支援を行う株式会社メタップスが、MBO(マネジメント・バイアウト:経営陣による買収)を実施し、株式を非公開化すると2023年2月13日に発表しました。
公開買付発表前の終値642円に38.47%のプレミアムをのせて1株889円で買い付け、普通株式の下限を10,995,400(66.67%)に設定しています。買収額は最大で150億円程度となります。
このMBOがユニークな点は、株式の買い付けに投資ファンドを使わないこと。いわゆるデットMBOです。買収資金はきらぼし銀行から139億4,100万円の融資で調達するとしています。
しかも、MBOの主体者・山﨑祐一郎氏はメタップスの代表取締役社長を務めていますが、創業者ではありません。メタップスは、スタートアップのエグジットと再成長に向けた注目すべき事例となりそうです。
公募割れのスタートとなったメタップスのIPO
メタップスは2007年9月にSEOマーケティングを行う会社としてスタートしました。2010年7月にクーポンサイトを立ち上げ、少しずつフィンテック色を強めていきます。2014年4月にオンライン決済サービス「SPIKE」をリリースしました。
2015年8月に東証マザーズに上場しています。
上場前の株主構成を見ると、創業者・佐藤航陽氏の保有比率は37.27%であり、数々のベンチャーキャピタルから出資を受けているのがわかります。
なお、今回MBOを行う山﨑祐一郎氏はこの時点で経営に参加しており、3.56%の株式を保有していました。

メタップスは公募で34億9,700万円、売出で56億1,900万円を市場から吸収しました。調達額が100億円と大型の上場だったため、需給が崩れて公募価格3,300円に対して初値は3,040円と公募割れのスタートとなりました。
メタップスの上場はベンチャーキャピタルの出口戦略としての性格が強いものでした。しかも、2014年8月期に5億6,000万円の純損失を出しており、赤字上場でした。市場の期待値が低い状態からのスタートとなります。
ただし、未公開時代から出資しているベンチャーキャピタルにとっては、このIPOで資金を回収し、一区切りつけることができたでしょう。この時点で目的は果たされています。
メタップスは2017年8月期に4期ぶりの営業黒字を出しました。株価は高騰し、2017年10月13日に4,740円の高値をつけました。しかし、それ以降は高値を更新することなく下落を続けます。
仮想通貨への過剰投資で大赤字に
メタップスのIPO時の時価総額は407億円でした。今回のTOBは38.47%のプレミアムをのせているものの、時価総額は150億円程度。およそ3分の1にまで縮小しています。
当然、山﨑祐一郎氏は非公開化した後、企業価値を高めることができると考えているはずです。150億円も投じていることから、再上場を狙うのは間違いないでしょう。しかし、非上場化して巨額の借金を抱えるため、堅調に利益を出さなければなりません。直接金融で資金を調達していたスタートアップ時代とは状況が全く違います。
それでは、メタップスは安定した利益を出せるのでしょうか。
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過去の業績を振り返ると、非常に浮き沈みの激しい事業を展開していることがわかります。なお、メタップスは2019年に決算月を8月から12月に移動しています。2019年12月期は、2018年9月から2019年12月までの16カ月間の数字です。

2017年8月期に売上高が1.5倍に膨らみました。メタップスは2016年10月にプリペイド型電子マネーの発行や管理を行う韓国のスタートアップSmartconを買収しています。これにより、決済サービスの流通総額が大幅に拡大しました。
2016年8月期はSEOやWeb広告などのマーケティング事業が売上高全体の8割を占めていましたが、Smartcon買収によってフィンテックが半分以上を占めるまでになりました。しかし、その実態はキャッシュレスサービスの手数料で手堅く稼ぐというよりも、仮想通貨への投資が主なものでした。
そして仮想通貨バブルが弾けます。メタップスは2019年12月期に帳簿価格16億2,500万円の仮想通貨を、保守的に評価しなおして2,100万円としました。また暗号資産関連事業からの完全撤退を決め、韓国事業の株式の減損損失30億7,900万円など、巨額の損失を計上します。
この事業構造改革で仮想通貨から抜け出した新生メタップスは、チケットペイなどの本質的なフィンテック事業へと回帰しました。
給料前借りサービスで盤石な事業基盤を構築
メタップスは2021年12月期に営業利益が32億8,100万円(前年同期は5億6,300万円の営業損失)となり、赤字から一転して営業利益率57.2%という驚異的な数字を達成します。給与即時払いサービス「CRIA」において、2018年10月にセブン銀行と提携しました。これが奏功します。
「CRIA」は給与支給日から繰り上げて、勤務実態に合わせて給与の中から一定の割合の金額を前払いでもらえる仕組み。一言でいうと、給料の前借りサービスです。セブン銀行と提携したことにより、セブン銀行のATMとセブンイレブンのレジで現金が受け取れるようになりました。
サービス拡大以降、「CRIA」のMRR(月次経常収益:毎月決まって発生する売上)が急上昇しました。
■メタップスが提供するサービスのMRR

業績は急改善するものの、株価は下落を続けました。2022年1月は1,000円台で推移していましたが、2月には700円台まで下がります。そのままジリジリと下げ続けました。
メタップスは本業で利益を出せる事業基盤が構築されたにも関わらず、株価がついてこない状態になったのです。2022年12月期は不正アクセス問題に悩まされ、21億3,600万円の費用計上があったために営業赤字となりました。しかし、フィンテック事業においては、売上高が前期比5.5%増の23億8,400万円でセグメント利益が同12.0%増の7億2,500万円でした。セグメント利益率は34.1%にも達しています。
マーケティング事業も同様に安定的に利益を出しています。
きらぼし銀行が140億円近い融資を行ったのは、事業そのものは確実に利益を出しているためでしょう。
株価が上がらない他のベンチャー企業も追随するか?
今回、MBOを行う山﨑祐一郎氏は、投資ファンドからの出資を受けていないため、メタップスの株式を間接的に100%保有することになります。再上場するとなると、個人に巨額の利益がもたらされます。第三者から見ると、関係者が会社を使って上手く稼いでいるように見えなくもありません。
しかし、アメリカの利上げをきっかけとして、PERが低下するバリュエーション調整が起こっているのも事実。業績に即した株価となりづらく、メタップスのように成長性が不安定な会社は株価を上げるのが容易ではありません。
メタップスはベンチャー企業の新たな道を示しているのかもしれ