EARS、音声市場に新ビジネスで参入 ”音声版Netflix”を目指す…連載「音声が切り拓くメディアの未来#9」

株式会社EARSは令和元年創業で、推しから届くメッセージアプリ「ear.style」の開発・運営と、コンサルティング事業「ear.style.studio」にて音声コンテンツの企画・制作、イベント・コミュニティの企画・運営をおこなっています。

EARSは音声聴取文化の普及をビジョンに掲げるなかで、特に日本の音声市場において「プロ制作のエンタメコンテンツ」の必要性を感じたといいます。

EARSが取り組む音声事業や音声利用の成功事例をもとに、日本の音声メディアの今後や市場の成熟に欠かせないことなど、代表の萩原氏に詳しく伺いました。

株式会社EARS 代表取締役CEO 萩原湧人氏
東京大学工学部電気電子工学科卒。複数のスタートアップ企業でマーケターとして従事した後、大学在学中に取締役COOの植井氏と共に株式会社EARSを創業。

―――EARSの音声事業や取り組まれていることについて教えてください。

現在は、エンタメ音声アプリ「ear.style」と、音声コンサルティング「ear.style.studio」の2つのサービスを展開しています。エンタメ音声アプリear.styleでは、登録した配信者から日常的なボイスメッセージが届くボイスメッセージサービスと、プロの声優によるボイスドラマサービスがあります。音声コンサルティングear.style.studioでは、音声によって様々な企業課題を解決しております。

両事業を発展させて目指すのは、クオリティの高い多様な音声コンテンツを揃えた「音声版Netflix」になることです。

現在の音声市場を、配信者層(プロ・アマチュア)とコンテンツジャンル(エンタメ系・ビジネス系)の軸で考えたとき、「プロの配信者」による「エンタメコンテンツ」に特化して配信する音声サービスはほとんどなく、大きなビジネスチャンスがあると感じています。

―――具体的にはどのように「音声版Netflix」を目指していくのでしょうか。

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海外の音声市場では、プロによるコンテンツが豊富に制作されていて、かつ持続的に消費されています。将来的には日本でも、質が担保されたコンテンツで良いユーザーサイクルを生むために、まずはコンテンツの量を増やすことに注力していきます。当面は、プロの声優の方々による配信コンテンツを増やしていく予定です。

初めは、配信者達のファン層に向けたコンテンツや、癒しに特化したコンテンツで音声を体験してもらい、徐々に配信者が出演しているボイスドラマやラジオにも関心を広げていってもらおうと考えています。

―――エンタメ音声アプリear.styleのボイスメッセージサービスについて教えてください。

登録した配信者から、定期的にボイスメッセージが届くサービスです。

また、届いたボイスメッセージを着信画面のようなUIから聴ける機能も実装しており、配信者と本当に電話をしているかのような体験として楽しむことができます。

配信者ごとにコンテンツの長さは異なります。現在は機能面の都合もあり短いコンテンツが多いですが、アプリにボイスメッセージ機能を実装した後は、長さのパターンも増やす予定です。

ビジネスモデルとしては、投げ銭ではなくサブスクリプション課金と従量課金のモデルで、配信者とはレベニューシェアをしています。

―――ボイスメッセージサービスを開始した経緯を教えてください。

仕事以外の場でほとんど人と話す機会がない、人と話さない生活でストレスに感じている、そういった方がかなり多くいます。特にコロナ禍で人の声に触れる時間が激減しているようです。「誰からも気に掛けてもらえていない孤独」や「癒し体験の枯渇」が顕著に現れています。

同時に、アニメ作品に付随する音声コンテンツや声優さんによる音声コンテンツへの需要が急速に高まっています。

当社調査の「癒しボイス体験アプリを使いたいか」という質問に対して、男性の73%が使ってみたいと回答しました。特に熱量が高い層は15%もいて、音声に癒しを求める実態が明らかになりました。

ユーザーのコアニーズが“声”ならば、声をメインに据えたコンテンツも求められるはずだと考え、ボイスメッセージサービスに着手しました。「声に癒されたい」というコアバリューを叶えつつ、手軽に楽しむ習慣を実現し、音声を聞く文化を日本に根付かせていきたいと考えています。

―――ボイスドラマサービスについて、日本のボイスドラマ市場の可能性はどう考えていますか。

日本では非常にニッチな市場ですが、確実にニーズがあると思っています。

当社のユーザー様に、同じ作品を何度も繰り返し聞くという聴取習慣を持つ方がいらっしゃいました。「1回目はストーリーを追い、2回目以降は声を聴くため」というユーザー様のお話から、音声コンテンツを心地よい“音楽”として聴くニーズに気づかされました。声そのものにコアバリューがある確固たる証明になりましたし、声が持つ可能性に改めて驚かされました。

―――ボイスドラマのコンテンツはどのように制作していますか。

コンテンツはオリジナルで制作し展開していきます。脚本家、声優、演出家全て、高い倍率で選ばれたプロの方にお願いしています。またオリジナルコンテンツをベースに展開しつつ、作品提携を進めています。当社コンテンツの配信もおこなっており、博報堂DYメディアパートナーズ様の「ラジオクラウド」と提携しています。

―――どのようなクリエイター様に出演を依頼していますか。

主にプロの声優の方々へ出演を依頼しています。クリエイターの中でも、声優は自由にコンテンツを発信する場が少ないことが課題だと考えています。例えばイラストレーターの方々には、イラストを自由に発信できる成熟したプラットフォームがあります。ですが音声に携わるプロが作品を出せる音声プラットフォームはほとんどありません。もっと音声に携わりたいプロのためのプラットフォームをつくろうと思っています。

プラットフォームは一般の方々に完全開放するのではなく、コンテンツのクオリティを担保するために、プロの声優であることを条件に制限を設ける予定です。自分が発信したいから発信するのではなく、聞く人を楽しませたいから発信するプロ意識を大切にしたいのです。

―――日本において、音声ドラマコンテンツの聴取は普及しているのでしょうか。

日本ではまだまだ初期の段階だと思います。ただ、アメリカではポッドキャストの作品がAmazon Primeで映像作品化されたり、ポッドキャストのランキングで音声ドラマコンテンツが上位に位置しているように、音声ドラマコンテンツの需要は証明されていると思います。需要に見合う音声市場が整備されれば、日本でももっと盛り上がる可能性があるはずです。

―――音声市場の形成にむけて、具体的にはどのような課題を感じていますか?

ボイスドラマにはドラマCDというジャンルがあります。アニメ化する前に音声化されたり、DVDの特典として販売されたりすることが多いですが、その名の通りCD-ROMで販売されます。主に特典として販売されるため古い作品は絶版になってしまいます。市場化が難しく、ニーズがあるのに聴けないという機会損失が課題です。

私たちが目指す「音声版Netflix」では、このようなドラマCDの取り扱いも視野に入れています。ですから、現段階から声優業界やアニメ業界と共に音声を盛り上げていこうと動いております。

また、日本の音声市場の盛り上がりには、アップルが果たす役割も大きいと考えています。アップルの「ポッドキャスト」アプリはiPhoneに初期設定されていてデバイスシェアも大きいので、他の音声メディアより圧倒的にリーチがありますね。さらに6月からはアップルポッドキャストの有料サブスク化機能がリリースされ、当社のtoB事業でもポッドキャストによるマネタイズについてコンサルティングを行っています。

―――企業の音声メディア運営をサポートする、BtoB事業もやられているそうですね。

企業課題の解決手法として、音声メディアの運用や利用をご提案しています。クライアント様の課題をヒアリングしてから、実際のコンテンツ制作や配信後のフィードバックまで携わります。

例えば、学研様の書籍販売促進のため、書籍内容を要約したポッドキャスト制作を実施しました。従来、書籍の音声化は収録や編集に多大なコストがかかる施策でした。そこで内容の要約を音声化し、書籍の帯にQRコードをつけてそれを「立ち聴き」できるようにしました。出版業界の音声事業の在り方を、要約音声の配信で改革した事業です。

また支援している、LIGHT UP COFFEE代表の川野様のポッドキャスト番組「カワノユウマのマメトーーク!」はJAPAN PODCAST AWARDS 2020に推薦されました。川野様が今までにSNSで発信されており、既存ファンの更なるファン化、新規顧客のファン化を目的に、番組企画から収録や編集、配信まで支援しています。

また動画メディアとは異なる音声の良さを活かした事例として、動画映えしにくい対談の配信や、WEBメディアの音声化事業を実行しました。一般的に記事コンテンツの滞在時間が短い傾向にありましたが、音声化することでコンテンツに触れ続けるストレスや手間を軽減させ、記事を書いている中の人に興味を持ってもらうことで、長時間の聴取習慣が定着するようになりました。

現在の音声事業の運営者で、アカデミックに音声に取り組んでいた方はほとんどいないと思います。私とCOO植井がアカデミックに音声領域を学んできた経験を活かし、音声業界の盛り上げに貢献できるよう考えています。

―――今後は、どのような軸でBtoB事業を展開していきますか?

出版社様との事業に注力していく予定です。テキストメディアの音声化を検討する出版社様を、一からサポートしています。本事業は超高齢化になるこれからの時代に、高い需要があると思います。活字を目で追いづらい高齢者世代こそ、音声がコンテンツを楽しむ選択肢を広げられると考えています。

また、有料ポッドキャストによるテキストメディアの新たなマネタイズのご支援にも力を入れております。音声コンテンツの特徴として、テキストメディアや映像メディア以上に、より「狭く深く」情報を届けることができます。今後はユーザーの方々から課金していただく新しいキャッシュポイントとして、法人向けにご提案していきます。

―――音声メディアのコミュニティ化がホットですが、EARSの音声メディアでコミュニティ化の動きはありますか。

熱量の高いコミュニティになると確信しています。現時点でも声優ファンのユーザーの方々からコンスタントに熱烈なフィードバックをいただいており、熱量が高いユーザー様と今後コミュニティを作っていく上で、当社の出資元であるベンチャーキャピタルファンド「ANRI」の投資先でユーザーコミュニティ形成がうまい会社も参考にさせていただいています。

コミュニティ化の最初のフェーズとして、ファンの熱量が高いドメインである、ボイスメッセージサービスのコミュニティ化を考えています。既にニーズを言語化してくれるユーザー様が多くいらっしゃいます。

世界のオタク市場をリードする日本で、声が要であるアニメや声優を嗜好してきた方々は、世界最先端の“音声コンテンツ”に触れてきたともいえるわけです。こういった元々音声の市場にいた方々と手を組んで、音声市場を作り上げていきたいと考えています。

―――今後EARSは音声市場の活性化に向けてどう展開していきますか?

日本の音声市場にはますます「聴いてもらえるものをつくる」ことが欠かせないと考えています。 今まで海外のエンタメコンテンツも、「字幕」をつけることで、ほとんど日本に持ってこられました。ただ音声コンテンツだけは代替できません。日本で楽しめる音声コンテンツは、日本でしか作れないということです。

だからこそ日本の音声市場は障壁が高く、徐々に浸透しつつある音声聴取を、いかに根付かせるかが重要になると考えています。高いクオリティのものを継続的に楽しむために、ローカルなプロコンテンツをつくることが必須ではないでしょうか。日本のプロクリエイターが、エンタメコンテンツを作れる土壌づくりに力を入れていきたいと思います。

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【12月6日更新】メディアのサブスクリプションを学ぶための記事まとめ

デジタルメディアの生き残りを賭けた戦略の中で世界的に注目を集めているサブスクリプション。月額の有料購読をしてもらい、会員IDを軸に読者との長期的な関係を構築。ウェブのコンテンツだけでなく、ポッドキャストやニュースレター、オンライン/オフラインのイベント事業などメディアの立体的なビジネスモデルをサブスクリプションを中核に組み立てていく流れもあります。

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