KADOKAWAの業績回復が際立ってきました。2021年3月期の営業利益は前期比73.1%増の140億円で着地する見込みです。営業利益は予想比33.3%増の上方修正となりました。営業利益率は4.0%から6.8%まで回復。本業で利益が出る体質へと変化しました。
2019年にドワンゴが開発したゲームアプリ「テクテクテクテク」が大失敗して、事業を完全に撤退。この期に減損損失41億7,400を計上して大赤字となりました。KADOKAWAのどん底期です。2019年2月にドワンゴの社長だった川上量生氏が退任。iモードを立ち上げたことで知られる夏野剛氏が代表に就任しました。夏野体制で瞬時に事業を立て直し、ドワンゴは見事な復活を遂げています。その実績が認められて、夏野氏は同年6月にKADOKAWAの代表取締役社長に就任することとなりました。
■KADOKAWA業績推移(単位:百万円)

ライトノベルが出版事業を牽引
まずは今期の業績が好調だった理由を、第3四半期の決算をもとに事業別に検証します。売上、利益ともに大きく伸びた事業は2つ。出版とゲームです。特に主力となる出版が好調です。営業利益率は2019年と比較して4ポイント改善して10%となりました。営業利益は94億2,800万円で、全体の70%を占めています。
■第3四半期事業別業績(単位:百万円)

出版事業好調の背景には2つの要因があると考えられます。1つは新型コロナウイルス感染拡大による巣ごもりが定着し、消費者が本に触れる時間が多くなった外的要因。もう1つはライトノベルの分野でKADOKAWAがヒット作に恵まれた内的要因です。
出版科学研究所の調査によると、2020年の出版市場規模は前年比4.8%増の1兆6,168億円。紙の出版物が1.0%減となった一方、電子書籍は28.0%増加しました。文芸書、ビジネス書、ゲームの攻略本などKADOKAWAが得意とするジャンルで前年を上回る結果となりました。出版市場規模は2018年に前年比3.2%減の1兆5,400億円となりましたが、そこから底打ち反転して増加しています。
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2019年が増加に転じた背景には、海賊版の無料マンガサイト「漫画村」が2018年4月に閉鎖され、電子コミックが前年比29.5%増と激増したことがあります。2020年は巣ごもり需要が加わり、市場規模は2年連続の増加となりました。KADOKAWAは2020年10月から12月で紙の書籍が前期比14%増、電子書籍が27%増とどちらも伸ばしています。2020年4月から12月の売上は9.6%の増加となり、市場規模の成長率4.8%を大きく上回りました。営業利益が増加した理由は紙の書籍の返品率が30%から25%に下がったため。KADOKAWAは電子書籍の売上構成比率が30%から33%に増加しています。利益が出にくい低単価の電子書籍が今後伸長することにより、出版事業のセグメント利益にどのような影響が出るのかは注目するポイントとなります。
2020年は特にライトノベルのヒットに恵まれました。120万部を突破した「わたしの幸せな結婚」が絶好調です。2019年はトップ10に入ったKADOKAWAのタイトルは3つでしたが、2020年は5タイトルがランクインしました。
■ライトノベル年間ランキング

「わたしの幸せな結婚」は小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿されていたもの。いわゆる「なろう系」小説です。異世界転生の冒険活劇がヒットの定石だったこの分野に、直球恋愛物語を展開しました。明治・大正時代を彷彿とさせる世界観もこの分野では珍しいものとなっています。企画力が勝負となるライトノベルにおいて、ヒット作の新機軸を打ち出した意味合いは大きいと考えられます。
ゲーム事業の営業利益は99.1%と大幅増
ゲーム事業の第3四半期売上高は前期比21.7%増の123億7,500万円、営業利益は99.1%増の29億4,600万円となりました。出版と同じく、ゲームも2020年は市場規模を大きく伸ばした業界の1つです。その恩恵を受けました。
「ファミ通」の調査によると、2020年国内家庭用ゲームソフトとハードの市場規模は3,673億8,000万円。前年比12.5%の増加です。KADOKAWAの領域であるソフトの市場規模は8.9%増の1,817億2,000万円となっています。コロナによる学校の休校などを背景にゲーム市場が拡大しました。KADOKAWAのゲーム事業の利益率が2019年の14.6%から23.8%へと急改善したのは、2019年3月に発売した「SEKIRO」などの旧タイトルが2020年も引き続き売れ行き好調なためです。
ゲーム事業はまだ規模が小さいものの、ニコニコ動画のWebサービス事業の利益を上回り、売上規模も近い水準まで上がっています。成長性の高い事業といえます。
利益重視の夏川氏が社長に就任
ここで、夏川体制となったドワンゴがどのような変化を遂げてきたのかを振り返ります。それによってKADOKAWAの新社長に就任した後の戦略が見えてくるからです。
ニコニコ動画はプレミアム会員の月額課金を収益柱としています。実はこの有料会員数の減少が止まりません。2020年3月末時点での有料会員数は163万人。その前の年は180万人でした。1年で10%も減少しているのです。
■Webサービス事業業績推移(単位:百万円)

減収に歯止めがかからず、新たに打ち出した企画が「テクテクテクテク」でした。それが大失敗に終わり、ドワンゴの新社長として夏野剛氏が招聘されたのです。夏野氏はNTTドコモでiモードの立ち上げに寄与した人物。NTTドコモ退社後は慶應義塾大学の大学院で特別招聘教授に就任した知性派です。
夏野氏はドワンゴの社長に就任してわずか1年で黒字化を実現しました。しかも利益率が赤字前の2017年3月期の9.0%から2.3ポイントも改善しています。iモードに長年関わっていた夏野氏はサブスクリプションのビジネスモデルを熟知していました。
ドワンゴは、減収が止まらないことを危惧してライブハウス運営やポータルサイトの立ち上げなど、先行投資を重ねていました。それによって赤字体質となっていたのです。また、会員数の減収を食い止めるために新規獲得のための施策を投下していました。それも利益が出にくくなる要因の一つでした。夏野氏はこの弱点を見抜き、無駄な出費を切り詰めました。それを短い期間でやり遂げたのです。利益重視の健全な経営をするタイプであり、スピード感のある実力者だといえます。
KADOKAWAは総投資額399億円をかけた「ところざわサクラタウン」を完成させました。2021年3月期にその償却費が12億円、2022年3月期以降は23億円程度を見込んでいます。KADOKAWAはプロジェクトの償却費が重くのしかかり、利益は出にくい状況になります。安定的な経営スタイルを得意とする夏野氏の代表就任には、うってつけのタイミングだったのかもしれ