日販グループホールディングス株式会社と株式会社トーハンの中間決算が出そろいました。日販の2022年3月期第2四半期売上高は前期比1.5%増の2,463億9,900万円、営業利益は17.4%増の16億4,500万円で増収増益となりました。取引先が拡大したことで書籍の売上が前期比109.5%と好調。人件費、物流コストなど販管費の削減効果によって黒字化を実現しました。
トーハンの2022年3月期第2四半期の売上高は前期比9.6%増の2,130億4,100万円、営業利益は同43.6%減の11億2,600万円となりました。トーハンも新規取引先を拡大したことで増収となりましたが、本社建て替えに伴う特別損失の計上や販管費の増加(前期比5.7%増)などで減益となりました。
■日販連結売上高、営業利益推移(単位:百万円) ※中間決算


■トーハン連結売上高、営業利益推移(単位:百万円) ※中間決算


日本の書籍出版産業を支えてきた取次会社。日販とトーハンは2社で出版流通の7割を握っていると言われる最大手です。この2社は出版の流通を担い、小規模の出版社が出した本でも全国の書店に本が陳列されて、売れなければ返本できる委託販売システムが出来上がりました。 出版社は取次ルートに乗せた時点で売上が得られるため、多種多様な本を発行するインセンティブとなりました。 再販売価格維持が遵守されたことで、書籍は値引き合戦からも隔離されました。
もし物流を担う取次会社の数が多く、競争が激化していれば日本独自の出版産業構造が維持されていたかは疑問です。日販とトーハンという巨大な2社が独占していたことが、日本の文化や知識、情報を支えていた側面もあります。
しかし近年、その存在感は薄くなっています。2021年9月に講談社がAmazonと直接取引を開始。KADOKAWAも取次を介さずに直接取引する書店の数を拡大しています。書籍の形が紙からデジタルへと移管し、業界が変化する中、取次会社はどのような手を打つのでしょうか?
目次
紙の本を起点に横展開する日販の戦略
日販は取次事業の他、小売、海外、雑貨、コンテンツ、エンタメ、不動産、ホテルなどの多角的な事業を展開しています。しかし、売上高の9割以上は取次が担っています。会社全体の売上高は取次事業に左右されると言っても過言ではありません。
■日販取次事業売上高推移(単位:百万円)


日販の戦略は極めて明確です。出版社、書店、取次会社が手を取り合い、紙の本を盛り上げましょう、というものです。
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そもそも、日販が掲げる大テーマは「出版物の多様性を守ると同時に、書店が儲かる構造をつくること」でした。それをベースに打ち出した方針が「出版流通改革」。デジタル技術を駆使した精度の高い需要予測による返品率の低減や業務量の削減を行うものです。また、異業種との共同配送を行うなど、サプライチェーンを見直して配送費を抑え、コスト削減・利益率の向上に努めます。
■日販「出版流通改革ロードマップ」

日販は特に書店への配慮を強く押し出しています。出版流通改革の目玉は「取引構造改革」ですが、これは書店のマージンを一般的な水準である22%から30%まで引き上げるというものです。日販は書店への利益還元に責任を持ち、低返品による収益改善を実現します。
2021年7月時点でPPIプレミアム(返品低減プログラム)に参画している出版社11社、日販グループの書店126店舗の返品率は22.4%となり、全国動向よりも11.4ポイントも低い結果となりました。この成果により、7社の書店経営企業から参加の意思表明がありました。また、扶桑社などの出版社もこの取り組みに参画します。
日販はカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社の子会社である株式会社Catalyst・Data・Partnersと協力体制を組み、顧客起点の需要予測を書店などに提供。データを活用してマーケティング精度の向上を行っています。
日販は強力な販売チャネルである書店をITによって支え、取次事業が倒れないよう後押ししています。公益社団法人全国出版協会によると、2020年の紙の書籍の市場規模は6,661億円で、前年比0.9%の減少となりました。鬼滅の刃ブームに沸いても市場は縮小の一途を辿っています。この縮小傾向が今後も続くのは明らかです。日販は書店に増強剤を提供することで利益率を上げ、長生きできるようにしていると言えます。
本社を活用して不動産業を強化するトーハン
トーハンは2021年5月に新社屋を建て、移転しました。旧社屋の跡地に三菱地所、三菱地所レジデンス、三菱商事都市開発がオフィス1棟、住宅1棟の賃貸用建物を建設します。トーハンは本社跡地を再開発することによって収益性の安定化を図ります。
■トーハン中期経営計画「REBORN」

トーハンは、旧社屋の再開発プロジェクト前から不動産事業への参入を着実に進めていました。2021年時点で保有する物件数は49。2018年は76物件でした。物件数自体は減少していますが、これは収益性の低い物件を処分したためです。2021年時点で高収益物件数の割合は69.4%で、2018年と比較して37.8%増加しました。
更にトーハンは新規の物件数も増やしています。
2021年2月には新宿に賃貸マンション2棟と学生寮1棟、5月にはオフィスビルを竣工しています。また、フィットネス事業とコワーキングスペース事業にも参入。フィットネスは2020年6月に小田栄店、8月に知多店をオープン。コワーキングスペースは2021年3月に虎ノ門店、7月に新宿三丁目店をオープンしています。
不動産事業で業績の安定、拡大を狙うのは朝日新聞や日本テレビなど、メディア企業の常套手段です。日本テレビはフィットネスジムのティップネスを2014年11月に244億円で買収しました。トーハンが描く未来もマスメディアの事業戦略と近いところにあるのかもしれません。収益を安定化させるため、足元では不動産事業の強化に取り組んでいます。
出版事業においては、トーハンは2021年3月に電子書籍を取り扱う株式会社メディアドゥと資本業務提携を締結しています。メディアドゥがトーハンを割当先とする第三者割当増資を実施したもので、トーハンは2021年8月末時点でメディアドゥの株式3.09%を保有しています。
この提携により、電子書籍取次No.1のメディアドゥが、トーハンが全国に展開する営業網を活用。書店店頭での電子書籍の販売に加え、図書館への電子書籍の納入やデジタル教科書、デジタル教材の流通を行うなど、出版業界のDX推進を支援しています。
また、両社は紙の出版物とデジタルを組み合わせた新たな読書体験を提供するとしています。その一例が、今年10月に開始した、紙の本にNFTを活用した付録「NFTデジタル特典」をつけるサービスです。 両社はこれを「電子と紙の垣根を超え、店頭集客や売り上げ増加を目指す取り組み」と位置付けており、実際に通常版と比べて売上が増加するなど成果を挙げています。

さらに、トーハンは2021年7月には大日本印刷と物流改革に向けた提携で合意しました。消費者の需要をデータで把握し、製造と物流を連携させることで適時・適量の配本体制を確立しようというものです。結果として返品率の削減につなげることができます。
トーハンは、デジタル領域に参入し、消費者の意見やニーズを汲み取るマーケットインにこだわった改革を実行中です。その一方で、日販は書店を起点として出版業界を盛り上げようとしています。この2社がこれからどのような変貌を遂げるのか。激変する出版業界の渦中にいる2社から目が離せません。