滝川クリステルさんを起用したCMで知られるグレイステクノロジーが、2022年2月28日に上場廃止となります。グレイスは2016年3月期から長期にわたる不正会計が発覚。経営陣もそれを把握していたという組織ぐるみの悪質な粉飾であり、特別調査委員会を設置して調査を進めてきました。その後、関東財務局から四半期報告書の提出を1月17日まで延期する承認を受けていたものの、決算数値を確定できませんでした。
グレイスは輸送用機器の製造やロボットの研究開発など、複雑な工程を管理するためのオーダーメードマニュアルの制作を行っていました。2021年8月にはJPX日経中小型株指数に選定されており、投資家にとって魅力のある事業、経営、業績であることを示した直後の不正発覚でした。不正が行われた背景には創業者が機関投資家との関係構築を優先し、経営陣に高すぎる目標を課していたことがありました。
この記事では、不正会計の手口やその背景、粉飾が決算書にどのような歪みをもたらすのかを解説します。
契約をとることだけが至上命題に
グレイステクノロジーは2000年8月設立の会社です。創業者は松村幸治氏。松村氏は翻訳会社勤務を経て1984年に日本マニュアルセンターを創業し、代表取締役に就任。1999年に日本マニュアルセンターが経営危機に陥ると、クラウド管理型のマニュアルである「e-manual」の事業化を構想。グレイスの設立へと至ります。2008年に日本マニュアルセンターの事業を承継し、2016年12月にマザーズに上場。2018年8月に東証一部に市場変更しています。
2019年6月に社長職を飯田智也氏に譲り(飯田氏は不正発覚後の2021年12月に辞任)、松村氏は代表取締役会長に就任しました。しかし、松村氏は2021年4月に大動脈解離により急逝しています。創業者・松村氏はマザーズ上場後に機関投資家とのコミュニケーションを重視するようになり、IR活動に注力。投資家に説明した業績予想などの目標を何としてでも達成するよう経営陣や営業部に求めました。これが不正会計への入り口となります。
グレイステクノロジーの調査報告書には松村氏が営業担当役員である部下を厳しく叱咤する様が克明に描かれています。その一部を引用します。
一向に e-manual 進まん。なんでだ(怒声)。はっきりしろよ(怒声)。もうマジ収拾つかねえんだよ。毎日のように機関投資家から言われるんだよ。何度も何度も言ったよな。何で e-manual も売らねえし、既存のマニュアルもとってこねえんだ。はっきり返答しろ。ペースが遅いなんて言うレベルじゃねえだろうが(怒声)。
調査報告書
寝ても覚めても数字を考えろ。ほかのことなんか一切考えるな。ここにいる人間達は休みもへったくれもねえや。冗談抜きで。
調査報告書
簡単だろうよ。とりゃ済むんだぞ。売りゃ全部 OK なんだ。ほかのことなんかぐちゃぐちゃ考えるな。売ってナンボ。売れば全て OK。単純だろうよ。くだらないことぐちゃぐちゃ考えるなよ。
グレイスは多くの上場企業と同じく、業績予想値を開示していました。公表していた売上高は2020年3月期までは達成しています。しかし、2019年3月期に架空売上の比率が33.2%にまで達していました。2021年3月期は公表した売上が予想を下回った上、架空売上が半分以上を占めるまでになっていました。
■グレイステクノロジー売上高の目標値と実績(単位:千円)


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架空売上で売掛債権が膨張する結果に
不正の手口は比較的単純なものです。売上の前倒しです。本来、最終納品時に売上を計上すべきですが、受注してプロジェクトが進捗すると分割で売上を計上したり、納品前に一括計上して売上を水増ししていました。最終納品に至らなかった場合、売上は架空のものとなります。こうした不正が常態化すると、次第に請求する顧客がない状態で売上を計上するようになりました。
架空売上の売掛金は、別の案件から埋め合わせをすることもありましたが、それが追い付かなくなると役員が自己資金で顧客名義の振込を行うようになりました。顧客の押印や署名は偽造され、組織ぐるみでの粉飾へと手を染めました。
架空の売上を計上するため、決算書はいびつなものになります。グレイステクノロジーは売掛債権の膨張という形でよく表れています。売掛金は取引によってサービスを提供した際、将来的に代金を受領する権利のことです。売上に対して売掛金の残高が不当に高まっている場合、回収の見込みがない不良債権である可能性があります。売上に対して売掛金残高が高まっているかどうかを見る指標が売掛債権回転期間です。
売掛債権回転期間は売掛金をどれくらいの期間で回収できるかを示したものです。財務省によると2018年度の売上債権回転期間の平均は、資本金が1~10億円の非製造業の会社で55.2日でした。グレイステクノロジーは2020年3月期に160.9日となっていました。
■売上債権回転期間


グレイスは2016年12月にマザーズに上場しました。その直後の2017年3月期の決算の売掛債権回転期間は49.9で平均的な水準に収まっています。しかしその後、売掛債権回転期間は年を重ねるごとに増加します。納品前に売上を計上したり、回収の見込みのない企業からの売上を計上することで、売掛金の回収期間が不自然なほど伸びているのです。
ストックオプションの付与も不正の温床に
創業者の松村氏は役員に幅広くストックオプションを付与していました。これが不正会計のインセンティブになっており、それを意図して設計しているように見受けられます。ストックオプションは、資金力に欠ける新興企業で社員や役員の士気を高める目的で付与されるものです。自社株をあらかじめ決められた金額で取得できるもので、多くの場合は株価が上昇したタイミングで権利を行使します。
ストックオプションは比較的自由に設計することができます。例えば、株価が200円の会社が権利行使価格1株500円とし、権利行使期間を決議後5年間に決めるとします。権利を付与された従業員は、権利行使期間内であればいつでも1株500円で自社株を購入できます。この場合、現在の株価は200円なので500円の権利を行使するのは意味がありません。会社の業績を改善し、株価が2,000円まで上がったとすれば、1株500円で購入できますので、権利を行使してすぐに市場で売却すれば1,500円の儲けになります。
つまり、株価を上げるために会社の業績を良くしようというインセンティブになるのです。グレイスは2017年5月に付与されたストックオプションの行使条件が2018年3月期の予想である売上高13億円、営業利益4億円の達成でした。前期比30%増という高いハードルでしたが、架空売上によって達成しています。経営陣はストックオプションを行使することでキャピタルゲインを得ますが、その資金は架空売上の穴埋め資金として流用されることとなりました。そしてまた次の目標を達成して株価を維持するため、不正会計が繰り返されることとなるのです。
松村氏が不正に手を染めてまで目標を達成する目的はどこにあるのか。故人となった今は確かなことはわかりません。しかし、日ごろから「日本のマニュアルを変える」という強い信念を持ち、周囲にそれを話していたといいます。マザーズへの上場、東証一部への市場変更など、マニュアル制作会社としては異例とも言えるほど成長してきました。しかし会社は失墜し、信用を失いました。不正の代償はあまりに大きいもの