【メディア企業徹底考察 #76】王者「塾ナビ」のイトクロが急転直下の営業赤字へ転落した理由

学習塾のポータルサイト「塾ナビ」を運営する株式会社イトクロが、2022年9月に2022年10月期の業績予想の下方修正を発表しました。

売上高を従来予想44億2,000万円の9.5%減となる40億円、8億5,000万円の営業利益予想を2億円の営業損失へと修正。5億2,700万円の純利益から1億9,000万円の純損失へと転落する見込みとなり、9月9日に411円だった株価は9月12日に363円まで11.7%下落。その後も下げ止まらずに9月20日は一時320円をつけました。

学習塾のポータルサイトでシェア8割と競合を圧倒していた「塾ナビ」。営業利益率30%を超えていたイトクロに何があったのでしょうか?

完全成果報酬型メディアの限界が露呈

イトクロは2015年7月に上場しました。上場以来、営業赤字に陥ったことはありません。2021年10月期の営業利益率は30.6%。2018年10月期は44.5%という驚異的な営業利益率を誇っていました。

飲食店ポータルサイトの株式会社ぐるなびのコロナ前(2019年3月期)の営業利益率は3.7%、発達障害者向け学習支援のポータルサイト運営の株式会社LITALICOの2022年3月期の営業利益率は12.4%。人材系ポータルサイトのビジョナル株式会社の2022年7月期の営業利益率が18.9%。ポータルサイトを運営する会社の中でも、イトクロの営業利益率の高さは際立っていました。

■イトクロの業績推移

決算短信より筆者作成

成長期待が高かっただけに、突然の赤字は市場を驚かせました。

イトクロの主力事業となる「塾ナビ」の主な収入は、資料請求件数をベースとした成果報酬。グルメや求人系ポータルサイトのように、出稿する会社からの掲載料徴収型ではありません。掲載する塾の数を増やすことよりも、利用ユーザーを増やして資料請求へと結びつけることが「塾ナビ」の重要なポイントとなります。

イトクロは競合他社がユーザー獲得のために広告出稿を強化したことで、学習塾業界のリスティング広告単価が高騰。広告宣伝費が予想以上に膨張していると説明しています。

確かに、イトクロの2022年10月期第3四半期の販売管理費は前年同期間比56.7%増の28億1,400万円となりました。販管費率は2021年10月期第3四半期の49.7%から37.0ポイントも増加しています。

決算短信より筆者作成

イトクロは、第2四半期の広告費を公表しています。2022年10月期第2四半期の広告費は7億8,100万円でした。前年同期間と比べて38.4%もの増加。

興味深いのは、広告費が販管費に占める割合、売上高に占める割合それぞれが2021年10月期と比較して増加していること。これは投じている広告費が増えていることはもちろんですが、それに対する費用対効果が薄れていることを示しています。

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単純に売上高を広告費で除した費用対効果を算出すると、2021年10月期第2四半期は4.2倍、2022年10月期第2四半期は2.6倍。広告効果は大幅に落ち込んでいます。

これは筆者の予想になりますが、リスティング広告において資料請求へとつながりやすいキーワードの単価が高騰し、単価が安い代わりに資料請求に結びつきにくいキーワードで広告を出稿。その結果として、広告効果が失われた可能性があります。

例えば、「居住エリア+学習塾」や「学習塾 おすすめ」「学習塾 ランキング」といったキーワードは比較的資料請求に結びつきやすいと考えられます。しかし、「学習塾 相場」「学習塾 選び方」などの周辺キーワードは検索している人の入塾意識が高くなく、資料請求には至らないケースが多いでしょう。

仮に資料請求をしたとしても入塾を希望するところまではいかず、契約している学習塾は損失を出すことになり、離反を招くという悪循環に陥ります。

リスティングなどの広告で入塾希望者を募る成果報酬型のビジネスモデルを維持する限り、イトクロの苦境は慢性化する可能性があります。

「塾シル」買収後にユーザー獲得合戦は過熱

「塾ナビ」の競合には大きく2つの種類があります。1つは学習塾そのもの。もう1つは学習塾のポータルサイトです。

資料請求へとつながりやすい「居住エリア+学習塾」で検索した場合、学習塾が直接リスティング広告をかけているケースが多く見受けられます。特に資金力のある大手学習塾運営会社は、独自にLPを立ち上げて広告を出した方が効率的です。

また、大手学習塾運営会社の販管費に占める広告費の割合は上昇傾向。塾は自前で希望者を獲得する傾向が強まっています。

※各社有価証券報告書より筆者作成

これは飲食店も同様の傾向があります。かつて飲食店はぐるなびや食べログ、ホットペッパーの集客力に寄りかかっていました。しかし、各メディアの集客力が薄くなるにつれて、各飲食店は公式ホームページやSNSを活用して集客するようになりました。これは新型コロナウイルス感染拡大以降、特に顕著に起こっています。

「塾ナビ」は、本来送客する相手である学習塾に潜在顧客を獲られている可能性があります。

競合のポータルサイトにおいては、2020年3月に大きな動きがありました。「塾シル」を運営する株式会社ユナイトプロジェクトが、ママ向け情報サイト「ママスタ」の株式会社インタースペースに買収されたのです。

買収前のユナイトプロジェクトは売上高が急成長していたものの、赤字が拡大し続けていました。2019年3月期は債務超過に転落しています。

■ユナイトプロジェクト業績推移(買収前)

資本力のあるインタースペースの子会社になったことにより、財務体質の改善を図ることができ、金融機関からの借入もしやすくなります。

「塾シル」は買収前の掲載数が5,000でしたが、2022年6月末に7,700まで伸ばすことができました。

※インタースペース「決算説明資料」より

インタースペースの2022年9月期第3四半期のメディア事業売上高は前年同期比9.5%増の19億200万円、営業利益は同84.7%増の4億5,000万円でした。この事業の営業利益率は23.6%。主力のママスタが好調なこともありますが、「塾シル」を取得した後は運営するメディアのカテゴリ「比較・検討型メディア」の売上高が確実に伸張しています。

もともとインタースペースはアフィリエイト系の広告で出発している会社。SEOで集客するコンテンツSEOを得意としている会社でもあります。リスティングに加え、SEOの過熱も予想できます。

イトクロは今後、広告での顧客取り合い合戦を続けて消耗戦へと突入するか、成果報酬単価を引き上げるか、成果報酬型のビジネスモデルを転換するか。いずれかの選択を迫られる可能性が高いでしょう。ただし、消耗戦を選択する限り、かつてのような高利益体質は期待できないかもしれ

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