ブランドセーフティがニュースメディアを殺す【Media Innovation Weekly】11/13号

米国でバーティカルメディアを多数運営するG/O Mediaが、女性にフォーカスしたニュースを提供する「イゼベル」(Jezebel)を閉鎖すると発表しました。

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ブランドセーフティがニュースメディアを殺す【Media Innovation Weekly】11/13号

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今週のテーマ解説 ブランドセーフティがニュースメディアを殺す

米国でバーティカルメディアを多数運営するG/O Mediaが、女性にフォーカスしたニュースを提供する「イゼベル」(Jezebel)を閉鎖すると発表しました。現在のメディアの苦境を象徴するものですが、ブランドセーフティがニュースメディアに与える負の側面について指摘する声もあります。

イゼベルは2007年にGawkerがスタートさせたメディアで、伝統的な女性誌に対して、より現代の女性に寄り添ったメディアとして人気を集めました。Gawkerが破産した後、Univision Communicationsに引き継がれ、G/O Mediaの誕生と共に、そのブランドの一つとなりました。しかしG/O Media全体も苦戦する中、23名のレイオフが敢行され、イゼベルの編集チームは消滅しました。

G/O Mediaはギズモード、コタク、デッドスピン、クオーツ(以前ユーザーベースが所有した)などのバーティカルメディアを運営する企業ですが、大半が男性向けのポートフォリオという中でイゼベルは珍しい存在でした。そうした事もあってか、売却も模索され、10月にG/O Mediaが複数の会社と交渉を行ったとアクシオスが報じていました

「残念ながら私達のビジネスモデルと、私達のネットワーク全体で提供するオーディエンスは、イゼベルのそれとは一致しませんでした。私達はイゼベルが前進できるような、新たにしい本拠地を広範囲に渡って探し、20以上の買い手候補と話をしました。これほど多くの関係者が席に付いてくれたのはイゼベルの伝統と信頼性の証でしょう。しかし新しい家を見つける事はできませんでした」とG/O Mediaのジム・スパンフェラーCEOは述べています。

イゼベルはなぜ失敗したのか

長い歴史とブランドを持つイゼベルはなぜ失敗したのでしょうか? G/O Mediaの経営的失敗や混乱を指摘する声もあります。

「G/O Mediaはジム・スパンフェラーがウェブサイトを運営できず、閉鎖という残酷な決断を下したことに驚きはしませんが、我々は打ちのめされています。イザベルは2007年以来、大胆不敵なジャーナリズムと重要な文化的論評で記録されるメディアになりました。うまく運営されている会社であれば、広告モデルから脱却しているばずですが、その代わりに、戦略的・商業的な無策のためにイゼベルのブランドを完全に閉鎖しようとしています」とWriters Guild of America-Eastは批判しました。

会社はアクシオスが売却を模索していると報じた後も、サイトを閉鎖するつもりは無いと安心させてきたそうです。責任者は閉鎖に至っても朝のミーティングで短く話しただけで、すぐに人事担当者に変わり、その場を去ったということです。「数週間前の明らかに虚偽の安心感、売却の可能性に関する透明性の欠如、全体的に残念な形で処理されたと思います」と解雇された元従業員はデイリー・ビーストに対して述べています

ジャーナリズムを傷つけるブランドセーフティの問題

別の視点を提供するのは404 Mediaです。イザベルの臨時編集長だったLauren Tousignant氏は「ブランドセーフティ」、つまりイザベルが掲載しているようなコンテンツの隣に広告を載せたくないという問題がサイト閉鎖に至った「最大の要因だった」と告げられたと話したそうです。数週間前には「Sex. Celebrity. Politics. With Teeth」というタグラインを削除できないか? という相談も広告チームからあったそうです。

つまり、セックスや妊娠中絶の話題を扱っている(低俗ではなく、きちんとしたニュースとして)から、広告主はイザベルを避けたという主張です。このタグラインは実際にテスト的に外され、その後、今まで見なかったブランドがネットワーク広告で回っているのも確認できたということです。この事実の評価はどうであれ、「ブランドセーフティ」という一見誰にも否定できない錦の御旗が、雑に運用された結果、重要なニュースを扱うメディアの収益を損ない、ニュースを破壊している可能性があります。

戦争やテロ、過激主義やナショナリズム、セックスやポルノなど広告主が好まないトピックは存在します。そうしたトピックを扱うページに広告を出稿しないというのが「ブランドセーフティ」という考え方です。第三者の判定プラットフォームが複数存在し、広告主にとって適切なページなのかというのを、キーワードや、ホワイトリスト/ブラックリスト、あるいはAIなどによって判定します。不適切とされたページは広告の入札が減り、単価が下落します。

ポルノサイトが扱うレイプの話題と、ニュースサイトが扱うレイプ事件の話題は、異なる評価がされてしかるべきですが、ブランドセーフティの判定は完全なるブラックボックスになっていて、適切に運用されているのか運営者が知る術がありません。キーワードも不明瞭で、ある研究者は「中絶」「ゲイ」「トランスジェンダー」といったキーワードがブラックリストに掲載されていると述べています

メディア、広告主、視聴者のWin-Win-Winを

ある調査では広告目的のサイト(Made for Advertising)に世界の広告の21%が掲載されてしまっているという報告もあります。これらのサイトは、目を引く画像とセンセーショナルな見出しでユーザーを誘引し、大量に貼っている広告で収益化する事を目指しています。価値のないサイトかもしれませんが、ブランドセーフティという観点からは安全なサイトという評価もできます。

一方で、真っ当にニュースを報じるサイトはブランドセーフティという観点からは厳しい評価になる可能性があります。ガザでの悲劇や、米国の妊娠中絶論争、少し前のBlack Lives Matterなど、論争から広告が手を引くとすると真面目な報道はどんどん難しくなってしまいます。

ただ、グループMのジョン・モンゴメリーCMOは「コロナの当初、ブランドはコロナや死者数の記事に広告を出したがりませんでした。でもそれは杞憂でした。消費者はブランドが厳しいニュースにさらされている事をあまり心配していないようです。それがプラスになることさえあります」と指摘しています。

ニュースは民主主義にとって必要な要素で、困難な報道に携わる事が経済的にも成立する必要があります。広告が厳しい昨今、広告以外の収益源を見つけるのも大事ですが、広告も適切なコンテンツが報われる世界にしていきたいものです。

今週の人気記事から マイベストがネットワーク広告の掲載を取りやめる

商品比較サイトで右に出る者はいない地位を築いたマイベストですが、ネットワーク広告の掲載を取りやめると発表しました。殆どのメディアで掲載されているネットワーク広告ですが、同社は「ユーザーに不快感を与えかねない広告やおとり広告が紛れ込んでいる場合もあり、自社での管理にも限界がある」と指摘しています。短期的な収益としてはマイナスですが、ユーザー体験の向上によってユーザーが増加すればプラスになると同社は考えているようです。続きを読む

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会員限定記事から グーグルがAdSenseの配分方法をクリックからインプレッションに

グーグルがネットワーク広告「AdSense」の収益配分を従来のクリックから、インプレッションへと変更すると発表しました。同時にバイサイドとセルサイドの手数料も開示し、透明化を進める方針を明らかにしました。インプレッション基準への変更は、世の中の大半のネットワーク広告が同様の仕組みを取っていて、それらとの比較性を担保するためのものだとしています(自社の収益性への自信?)。メディアにとっては変更がない見通し、としていますが、注視する必要があるでしょう。続きを読む

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編集部からひとこと

秋になったらこの服を着よう、というのがあるわけでもない私ですが、気づいたら秋をスキップして冬になったような寒さに驚いています。日曜日は少し外出したのですが、雨という事もあり、昼からコートが手放せない気温。街は外国人観光客も戻り華やかですが、気分はすっかりクリスマスかもしれません。

《Manabu Tsuchimoto》

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Manabu Tsuchimoto

Manabu Tsuchimoto

デジタルメディア大好きな「Media Innovation」の責任者。株式会社イード。1984年山口県生まれ。2000年に個人でゲームメディアを立ち上げ、その後売却。いまはイードでデジタルメディアの業務全般に携わっています。

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