【序章】多様化、重層化するメディアのサブスクリプションの今・・・特集「進化するサブスク」#1

Media Innovationの2021年3月特集は「進化するサブスク」。今やメディアにとって最重要のビジネスモデルに位置付けられつつ有るサブスクリプション。国内でもトライするパブリッシャーが増加し、今までのようにビジネスパーソンに訴求する以外のメディアも増えてきまし…

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【序章】多様化、重層化するメディアのサブスクリプションの今・・・特集「進化するサブスク」#1
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Media Innovationの2021年3月特集は「進化するサブスク」。今やメディアにとって最重要のビジネスモデルに位置付けられつつ有るサブスクリプション。国内でもトライするパブリッシャーが増加し、今までのようにビジネスパーソンに訴求する以外のメディアも増えてきました。いまサブスクに起きている変化は、そして未来は、考えていきたいと思います。

2020年はメディアのビジネスモデルにおいて、サブスクリプションがかつてない程の重要性を占めるに至った転換点でした。新型コロナウイルスの影響で広告収益、販売収益が打撃を受ける中で、数少ない成長分野がユーザーから直接課金をするサブスクリプションのサービスでした。

Media Innovationでも3年連続の特集企画となりますが、今年のキーワードは「重層化」「多様化」ではないかと思います。国内でもサブスクリプションをスタートするメディアが目立ってきました。本記事は特集の序章として、国内外の状況を振り返りながら、メディアにおけるサブスクリプションの今を探っていきたいと思います。

デジタルが印刷を上回ったニューヨーク・タイムズ

ニューヨーク・タイムズは米国を代表するメディア企業ですが、2020年の第2四半期(4-6月に歴史上初めてデジタルが印刷の売上を上回った事が大きな話題になりました。同社はデジタルのサブスクリプションの契約件数が約699万件(数字はいずれも2020年末)を超え、非常に高い伸び率を継続しています。

ニューヨーク・タイムズのデジタル購読者数の推移

2020年は新型コロナウイルス、Black Lives Matter運動、米大統領選挙など報道メディアにとって追い風が多かったとはいえ、2014年に執筆された「イノベーション・レポート」からの大改革が結実し、初めて赤字を記録したリーマンショックから数えて10年で見事なV字回復を見せ、今や世界中のメディア企業のベンチマークとなっています。

2025年には1000万契約を目指しているニューヨーク・タイムズですが、それに続くメディアはどこか、公表されている数字をまとめてみました。

ニューヨーク・タイムズ総合米国699万人
ワシントン・ポスト総合米国300万人
ウォール・ストリート・ジャーナル経済米国246万人
USAトゥディ (ほかGannettの発行する新聞合算)総合米国120万人
ザ・アスレチックスポーツ米国100万人
フィナンシャル・タイムズ経済英国94万5000人
ガーディアン総合英国90万人
エコノミスト経済英国79万6000人
日経電子版経済日本76万人
ザ・アトランティック総合米国40万人
WIREDテクノロジー米国40万人
テレグラフ総合英国33万5000人
朝日新聞デジタル総合日本32万人
ブルームバーグ経済米国25万人
Insider経済米国25万人
NewsPicks経済日本17万9000人
ナショナルジオグラフィックサイエンス米国14万2000人
Quartz経済米国2万人
主要メディアのサブスクリプション契約者数。参考ソースは記事末尾に

規模という観点では「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」という米国の高級紙と呼ばれる二大巨頭が群を抜いていますが、「ウォール・ストリート・ジャーナル」「フィナンシャル・タイムズ」「エコノミスト」そして「日経電子版」というような経済専門メディアも規模が大きくなっています。

契約者増を加速させた報道の一年

上記の表だけでも世界で2000万を超えるサブスクリプション契約がありますが、2020年は大きく加速した一年でした。

メディア向けのプラットフォームを手掛けるPianoは、新型コロナウイルスでWHOがパンデミックを宣言した翌週には欧州のニュースメディアの新規契約数が前週の199%も増加。米国でも同週に63%の増加があったと報告しています。これは特に新聞社のサイトで顕著だったということです。

未知のウイルスの感染拡大によって情報アクセスへのニーズが爆発的に増え、日本でもニュースメディアへのアクセスが増加したのはご存知の通りですが、これは世界的な傾向で、しかも有料での契約に繋がったということです。

新型コロナウイルスは依然として収束の兆しが見えませんが、その後もBlack Lives Matter運動の加速や、年末には米大統領選挙もあり、報道が求められた一年であったということもサブスクリプションの獲得に繋がりました。

ただ、ペイウォールを設けて情報アクセスを一部の契約者に限定する手法は、「無料で開放されているフェイクニュースにユーザーを誘導している」というような批判もあります。米国の主要メディアは新型コロナウイルスに関する情報を全ユーザーに開放する試みを行いました。

今回取材した「朝日新聞デジタル」も事件、事故、災害など重要な報道には鍵をかけずに提供していくと明言しました。報道の使命を全うしながら、いかにユーザーに報道を支えるためのコストを負担してもらうか、これは大きなポイントになりそうです。

「重層化」していくサブスクリプション

ニューヨーク・タイムズを率いる、メレディス・コピット・レビンCEOは「サブスクリプションの潜在ターゲットは1億人」と述べますが、単純に今のニュースの会員数を増やすだけでなく、関連する多様なプロダクトを展開する意向を示しています。

サブスクリプションサービスにおいてはクロスセルやアップセルが収益性を高める為には重要な施策になりますが、メディアにおいても一定の潜在ターゲットを取り尽くした場合にはサービスを「重層化」させていくのがセオリーだと言えそうです。

ニューヨーク・タイムズには以前より「クッキング」「ゲーム」(クロスワードから改称)というプロダクトがあり、個別の課金が行われています。内訳は開示させていませんが、2つで合計160万人のサブスクリプション会員がいて、全体の少なくない割合を占めます。どちらも紙面に掲載されてきた質の高いコンテンツをデジタル化したものです。

報道では子供向けの「NYTキッズ」の開発が進められていて、さらに傘下の商品レビューサイト「The Wirecutter」でもサブスクリプションのテストが行われているとのこと。加えて買収した音声のサブスクリプションサービス「Adum」の活用も検討しているとのことです。

国内での成功事例といえる「NewsPicks」も成長に合わせてサービスを「重層化」していっている例と言えます。通常のサブスクリプションに加えて、セミナーや書籍をセットにした「アカデミア」を開発、さらに次世代の学びの場として「NewSchool」をスタート、現在は企業向けの法人版にも力を入れます。コンテンツフォーマットもテキストコンテンツから始まり、動画、ライブ、音声と「重層化」しています。

学ぶ、創る、稼ぐをコンセプトにしたNewSchool

「多様化」するサブスクリプション

もう1つのトレンドは「多様化」です。ユーザーに対価を払ってもらうサブスクリプションで優位に思えたのは、費用を経済的なメリットに換算できる報道や経済メディアでした。実際に成功していると言われるメディアは報道と経済が目立つのですが、そうでない領域でも相応の規模を獲得するメディアが登場してきました。

最大の成功例はスポーツメディアの新星「ザ・アスレチック」でしょう。そのモデルは地方紙のスポーツ欄にも例えられ、全米各地の都市をカバーする記者を雇い、地元のスポーツチームに関する情報を手厚くカバー、地元のファンからの収益で支えるという構図です。まだ投資家の資金に支えられている段階と伝えられますが、地元の新聞社が苦境にある中で、間隙を付き、優秀なスポーツ記者を怒涛の勢いで囲っています。

老舗メディアでは「ナショナルジオグラフィック」「コスモポリタン」「ヴァニティ・フェア」「スポーツ・イラストレイテッド」「バラエティ」「WIRED」などの雑誌ブランドが相次いでデジタルでのサブスクリプションをスタートしています。これらは印刷版を提供しているメディアであればデジタルのコンテンツと印刷版がセットというのが定番のパッケージです。

国内勢も増えてきました。コンデナストはLINEアカウント上で『VOGUE GIRL+』を立ち上げ、コミュニティとして成長させようとしています。また、スマートニュース子会社のスローニュースは調査報道をじっくり読ませるメディアとして「SlowNews」を立ち上げました。成否はこれからですが、本特集でも当事者へのインタビューをお届けする予定です。

未来はオーディエンスとのエンゲージメントにあり

サブスクリプションについては世界的に議論が進んでいます。グーグルの「GNIデジタルグロースプログラム」や「Membership Puzzle Project」などのドキュメントを一読すればこれまでの多くの取り組みから得られた知見を得る事ができます。

広告からサブスクリプションに事業を転換する事は(もちろん両立が可能ですが)、B2BビジネスからB2Cビジネスへの転換を意味します。つまり読者を、きちんと支払いをしてくれる顧客に変えること。それはコンテンツに限らず、あらゆる接触機会を捉えて、メディアの提供価値を訴求していく道のりのスタートです。

たとえ「初月100円」だろうが、顧客に財布を開かせるのは生半可ではありません。ユーザーの目的は? 真に求めているものは? メディアが提供できる価値とは? これらの質問に真剣に向き合わなくてはなりません。ただ、そうした過程において獲得できた、メディアの提供価値を理解し、日々接してくれるエンゲージメントの高いユーザーは、単にお金を支払ってくれるだけでなく、広告でも他のビジネスでも生きてくるでしょう。

サブスクリプションはビジネスモデルではなく「顧客との継続的な関係」ともよく言われます。であれば最終目的は支払いでなくても、「毎日ログインしてくれる」「毎日ニュースレターを読んでくれる」「イベントに欠かさず参加してくれる」でもいいはずです。そうした関係を築いたユーザーは、メディアのあらゆる側面で強力なサポーターになるはずです。

ニュースレター、ポッドキャスト、そしてサブスクリプション。メディアにおけるトレンドワードはいずれもユーザーとのエンゲージメントに関連しています。「千里の道も一歩から」ではないですが、少数のユーザーでもいいので、真に満足してもらい良い関係を結ぶこと、それが全ての起点になっていく。つまり未来はオーディエンスとのエンゲージメントにある、こう思います。

参考文献

特集: 進化するサブスク(2021年3月)

《Manabu Tsuchimoto》

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Manabu Tsuchimoto

Manabu Tsuchimoto

デジタルメディア大好きな「Media Innovation」の責任者。株式会社イード。1984年山口県生まれ。2000年に個人でゲームメディアを立ち上げ、その後売却。いまはイードでデジタルメディアの業務全般に携わっています。

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