10周年の「朝日新聞デジタル」が挑む新聞社のデジタルシフト・・・特集「進化するサブスク」#4

Media Innovationの2021年3月特集は「進化するサブスク」。今やメディアにとって最重要のビジネスモデルに位置付けられつつ有るサブスクリプション。国内でもトライするパブリッシャーが増加し、今までのようにビジネスパーソンに訴求する以外のメディアも増えてきまし…

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10周年の「朝日新聞デジタル」が挑む新聞社のデジタルシフト・・・特集「進化するサブスク」#4
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Media Innovationの2021年3月特集は「進化するサブスク」。今やメディアにとって最重要のビジネスモデルに位置付けられつつ有るサブスクリプション。国内でもトライするパブリッシャーが増加し、今までのようにビジネスパーソンに訴求する以外のメディアも増えてきました。いまサブスクに起きている変化は、そして未来は、考えていきたいと思います。31日にはイベントも開催します!

デジタル化を急ぐ新聞各社。日本を代表する新聞社である朝日新聞社も今年で10周年となるデジタルメディア「朝日新聞デジタル」の強化を急いでいて、特に有料のサブスクリプション会員の獲得に力を入れます。

昨年秋には大きな組織変更があり、新聞とデジタルの編成を統合したコンテンツ編成本部が誕生し、デジタルの成長のために編集とビジネスが一体となって施策を議論し実行するコンテンツ戦略会議という会議体も設置されました。

今年の4月からは「朝日新聞デジタル」のビジネスとエンジニアが一体となった「朝デジ事業センター」が置かれ、よりデジタルでの成長に注力します。朝デジ事業センターのセンター長に就任予定の平栗大地氏と、コンテンツ編成本部の本部長を務める野村周氏にお話を伺いました。

平栗大地(写真左)
デジタル担当補佐
記者として朝日新聞社に新卒で入社。記者時代は社会部の経験が長く、2016年9月にデジタル編集部の編集長に就任。デジタル政策統括補佐 兼 編集担当補佐としてコンテンツ編成本部の立ち上げなどに関わった。2021年4月に設置される朝デジ事業センターのセンター長に就任し、「朝日新聞デジタル」の事業を指揮する。

野村 周(写真右)
コンテンツ編成本部 本部長
記者として朝日新聞社に新卒で入社。平栗氏と同じく記者時代は社会部を長く経験。その後、マーケティング本部で顧客データベース部の部長となり、朝日新聞社の抱える顧客データの全社的な活用を推進。2020年11月に設置されたコンテンツ編成本部の本部長に就任し、新聞とデジタル双方の編成の責任者をしている。

―――「朝日新聞デジタル」が今年で10周年ということでおめでとうございます。その以前からも朝日新聞のインターネット媒体は長い歴史があると思いますが、変遷を簡単に教えてもらえないでしょうか?

平栗: 「朝日新聞デジタル」の前身に当たる「アサヒ・コム」は1995年にスタートしました。これは無料のニュースサイトでしたが、2011年に「朝日新聞デジタル」を立ち上げ、有料サービスを開始しています。最初は新聞とバンドルした「ダブルコース」とデジタル単体の「デジタルコース」だけでしたが、2016年から今も提供している月額980円の「シンプルコース」という安価なメニューを創設し、デジタルだけの購読者にも力を入れてきました。

新聞社のデジタルメディアということで、やはり紙の新聞とのバランスは長年の課題でした。今でも「シンプルコース」だけでなく、新聞とセットで+1000円で購読できる「ダブルコース」というメニューも存在します。ただ、現在では新聞とデジタルは補完関係ではなく独立した2つのメディアとして成長させていくという方針が社内に示されています。一方で、体制としての垣根はどんどん取っ払っていって、よりデジタルにリソースを注ぐというのも明確になっています。

―――昨年秋には新聞とデジタルの編成を統合したということですね

野村: 昨年秋に新聞の東京と大阪の編集センターとデジタル編集部を統合して、コンテンツ編成本部という組織ができました。新聞とデジタルではニュースの時間軸が異なるということもあって、別々の組織にしていると、どうしても意識が変わらないという課題があり、コンテンツも紙に出す、デジタルに出す、というワークフローを変えられずにいました。組織を統合する事で、やり方も変わってきました。

同時に立ち上げたのがコンテンツ戦略会議です。これはデジタルを伸ばすための戦略策定から実行まで、編集局長(ゼネラルエディター)をトップに出稿各部のデスクを集めた会議体で、毎週開催しています。新聞社としては珍しいと思いますが、ビジネス部門も一緒になって議論をする場になっています。

新聞社は伝統的に、どちらかというと記者が書きたい記事を出していくという姿勢が強かったように思います。もちろん読者のニーズですべてを決めるということではないのですが、それでも今どういったことが求められているのかを意識して、読者と良好な関係を築いていきながら、戦略的にコンテンツを提供していかないとデジタルの購読者数は増えないという意識で侃々諤々の議論をしています。

朝日新聞デジタルのトップページ

―――具体的にコンテンツ作りはどのように変化していっているのでしょうか?

野村: 記者が取材を重ねて良い記事を作っていくというのは昔と変わりません。ただ、読者の閲覧データや世間の関心を把握して、そこから潜在的なニーズを掘り起こして、コンテンツ戦略に反映させていくというのは今までにない試みでした。あるいは、作った後も、最適なタイミングで届ける、最適な媒体を活用して届ける、といった届け方や、これらを通じていかに購読者になってもらうか? というのも今までには無かった発想です。

これらはこれまで弊社には機能としてありませんでした。先程の編成の統合という話もありますが、今までの機能をスリム化しながら、デジタル強化のために生まれた新しい役割に人を再配置していっているという側面もあります。

―――なるほど、新しい役割がどんどん生まれていっていると

平栗: 例えば、昔はなかった役割として「オーディエンスエディター」というデータに基づいて読者への届け方に責任を持つポジションが生まれました。

朝日新聞では「Hotaru(ホタル)」というデータプラットフォームを開発していて、そのダッシュボードは編集局のフロアにも置かれています。これは記事のPVやUU、あるいは有料会員が何を読んだか、どういった導線でコンバージョンしたか、といったデータを把握するためのものです。記事を様々な角度から評価する指標も開発していて、どこが良くて伸びたのか、どこが悪くて伸びなかったのか、記者全員が把握できるようにしました。

もちろんデータを見せる事の功罪はあります。幹部クラスには「数字で査定してはいけない」と口を酸っぱくして言っています。数字を追いかける為に記事を作るのは本末転倒で、本来伝えたいと思っていた事を読者にきちんと届ける為に、「なぜ自分の記事は届かないんだろう」という時にヒントを見つける為に、活用すべきだと考えています。

Hotaruのデータは各自のPCで閲覧できるほか、フロアにも大きく映し出されている

―――様々な指標があるとおっしゃいましたが、特に大事にしている指標は何でしょうか?

平栗: 特に大事だと捉えているのはリテンション (購読者の継続率)です。一度契約してくれた人がきちんと契約を続けてくれるかということですね。新聞は契約期間が決まっていましたが、デジタルではワンクリックでいつでも解約できます。ですので、なんとか継続してもらえるように、例えばきちんと読者が記事を読んでくれているか、といった事を気にしています。

野村: PVなのか、CVなのか、あるいはUUなのか、というような議論は長年続いてきました。結論から言うと「どれも大事」なのかなと思っています。一見さんから、有料会員まで複数のレイヤーに分けると、三角形のようになっていると考えています。一見さんの裾野が広いから無料会員への基盤になる、無料会員が多いから有料会員に転換する可能性が出てくる、ですから、どの指標も大事で、どれか一つだけ改善しても三角形が歪になってしまうので、バランス良い成長というのが求められると思います。ただ、読者を辞めてしまうというのは最も残念な事ですので、リテンションは大事にしています。

―――新聞とデジタルの編成を統合したという話もありましたが、コンテンツの出し方はどのように変化していっているのでしょうか?

平栗: 以前はデジタルに先に記事を出すと新聞の読者からクレームが来るのではないか? というような心配もしていたのですが、実のところそういう声はほぼ無く、今では先にデジタルに記事を出す事が増えています。

サブスクリプションに注力しているならではの部分では「銀鍵」「金鍵」の運用があります。これはコンテンツの種別で「銀鍵」の記事は無料会員でも月5本まで閲覧できます。「金鍵」は有料会員限定の記事になります。加えて鍵のない無料記事も存在します。

朝日新聞ならではの大事な記事は金鍵、多くの会員に読んで欲しい記事は銀鍵、という風にデスクの判断で設定しています。この設定によってトラフィックは大きく変わります。一度記事を出した後も運用で設定を変更したりしながら、最適解を見出そうとしています。もちろん事件・事故・災害など報道機関として広く届けるべき記事は無料記事として出しています。

―――サブスクリプション獲得のために特に力を入れているコンテンツはあるのでしょうか?

野村: 他社でも似たような取り組みがありますが、「A-stories」という複数回の連載企画は好評です。これは特定のテーマを掘り下げていく企画で、朝日新聞らしい企画も多くサブスクリプションの獲得にも繋がっています。

様々な連載企画が走っている。内容は硬軟さまざま

平栗: あるいは効果がある事が分かってきたのが、国会中継などを書き起こして時系列で、記者の分析や解説なども入れながら詳報する「タイムライン」という企画です。国会中継は誰でも見られますが、長時間に渡ることもあり、解説付きで見られるというのは支持されるコンテンツになるようです。

この1年劇的に伸びたのはポッドキャストです。手探りでスタートしたのですが、現場の記者がトピックを解説するというスタイルが非常に好評で、驚くほどの成長を遂げました。ポッドキャストも朝日新聞デジタルで聴けるようになっていて、書き起こしも会員限定で提供していて、こちらもサブスクリプションに繋がっています。

―――朝日新聞は47都道府県に記者を配置しているのも特徴ですが、地方のコンテンツも人気があるのでしょうか?

野村: 地方のニュースはとても読まれます。それにヤフーを始めとする記事配信先でも読まれます。簡単な集計ですが、PVの約2割、有料会員獲得の約1割は地方からのコンテンツでした。

平栗: テレビ朝日の系列局も全国にあります。例えば選挙などでは各地の朝日新聞の記者が地元のテレビ局と一緒になって開票速報などのコンテンツを提供しています。最近では地方の記者が系列局と組んで地元の話題をテーマにオンライン配信したり、それをさらに系列局で放映したり、といった取り組みも始まっています。

デジタルになって地方ニュースも全国に届けられるようになりました。離れても地元の情報が気になる人もいますし、以前の赴任先が気になる、というような人もいるようです。高校野球では、甲子園の全国大会よりも地方大会の試合の方が、人気があると言ってもいいぐらいです。有り難い事に、地方紙を購読していて、全国紙も読みたいということで朝日新聞デジタルを契約してくれる方もいらっしゃいます。

―――マーケティングの観点ではどのような事に取り組まれているのでしょうか?

平栗: タッチポイントは最大化したいと思っていて、学生の方向けの「就活割」や、ポイントやマイルが貯まる「ポイント・マイルコース」などのコースも提供していて、「食べログ」「乗換案内」「Zaim」などの有料サービスがセットになってくるメニューもあります。

新聞社ならではのマーケティングとしては全国の新聞販売所の協力もあります。新聞とセットになった「ダブルコース」などで販売所が朝日新聞デジタルを販売してくれています。

新聞の世帯普及率はとうの昔に1を切り、両親も新聞の無い家に育って、子供もちろん新聞に触れた事のない家庭が当たり前になってきています。朝日新聞デジタルに限らず、どうやってニュースに触れてもらうかという大きな戦略が大事になってくると思います。子供向けの「朝日小学生新聞」もありますし、就活の際には新聞を読んでくれる人が増えるという傾向もあります。こういう機会を捉えて継続的な読者になってもらうためのアプローチを強める必要があるでしょうね。

―――サブスクリプションによって記事配信の戦略は変わるでしょうか?

平栗: 記事配信は引き続き重要な戦略に変わりはありません。残念ながら朝日新聞デジタルを閲覧する人数と、ポータルサイトを閲覧する人数は桁が違います。自社サイトを大事にしながら、ポータルも戦略として重視しています。

特に力を入れているのはヤフーとLINEです。ヤフーは幅広い層の読者がいますが、どちらかというと男性色が強く、日経新聞が殆ど記事を配信してないことから、朝日新聞デジタルとしては経済ニュースに力を入れています。

一方のLINEは、朝日新聞をフォローしてくれる「お友だち」が500万人を突破しました。朝刊と夕刊という形で1日2回、8本ずつ記事を配信していますが、LINEに多い女性読者を念頭に編成にはとても力を入れています。

どちらも朝日新聞デジタルでは鍵付きにしている記事も工夫をしながら無料で読めるように提供していて、サブスクリプションにも繋がっていますので、今後も注力していくことになると思います。

―――デジタル戦略ではエンジニアリングも重要になってきます。エンジニアの採用はいかがでしょうか?

平栗: 実は今では記者と同数くらいをエンジニアとして採用しようとしています。新卒だけでなく中途もです。もちろんデジタルサービスのエンジニアが中心です。中途ではヤフー、楽天、DeNAなど名だたるIT企業からもエンジニアを迎えています。全社的な組織としては情報技術本部という部門がありますが、朝日新聞デジタルでは特にエンジニアが重要になりますので、専属のエンジニアを増員配置して開発に当たっています。

―――今後「朝日新聞デジタル」はどのように進化していくでしょうか? 例えばニューヨーク・タイムズなどはニュースだけでなくゲームやレシピなど幅広いコンテンツを提供していますよね

平栗: ご指摘のように、報道が主体ではありますが、もっと読者の生活に寄り添ったコンテンツも今後は登場してくると思います。ニューヨーク・タイムズのクロスワードパズルやレシピのようなニュース以外の取り組みは朝日新聞デジタルでも今後はあると思います。

既に始まっている試みでいえば、記者が参加するオンラインイベントは新型コロナウイルスの状況下でスタートし好評でした。朝日新聞にはカルチャーセンターという関連会社もありますし、本社にもイベント戦略事務局という組織ができましたので、イベントにも注力していきます。

―――新聞は苦境にありますが、朝日新聞デジタルの成長によって復活を遂げる事ができると思われますか?

平栗: 新聞はよくできたシステムでした。ニュースを載せて、印刷して、配送して、定額料金を貰うという規模と安定性を兼ね備えていました。同じ規模のビジネスを新たに育てるのは相当に難しいでしょう。

ただ新聞は売上も大きいのですが、コストも大きいビジネスでした。一方のデジタルは売上を大きく拡大していくのは大変ですが、ローコストのビジネスとして利益率を高められる可能性があります。ここに光明があるのではないかと思っています。

新聞の部数は確実に減少していくという厳しい状況ですが、ジャーナリズムもニュースも社会に絶対に必要な存在で、それを続けられるように全力を注いでいくつもりです。

―――「朝日新聞デジタル」は節目の年です。最後に意気込みを聞かせてください

平栗: お陰様で「朝日新聞デジタル」は10周年という大きな節目を迎える事ができました。4月からは組織も「朝デジ事業センター」と変わり、よりデジタルに注力していく体制が整います。この一年、やりたい事は沢山あるのですが、特に大事だと思うのはスピード感を持って実行していく事だと思います。もっと速いペースで改善して、読者により良いものを届けていく。色々な施策を用意していますので、ぜひ楽しみにしてもらえればと思います。

野村: コンテンツの立場としては、引き続き社会にインパクトのあるニュースを届けていくために努力をしていくつもりです。朝日新聞から存在感のあるコンテンツがどんどん打ち出されていく、そんな状態を作れればと思っています。

特集: 進化するサブスク(2021年3月)

《Manabu Tsuchimoto》

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Manabu Tsuchimoto

デジタルメディア大好きな「Media Innovation」の責任者。株式会社イード。1984年山口県生まれ。2000年に個人でゲームメディアを立ち上げ、その後売却。いまはイードでデジタルメディアの業務全般に携わっています。

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