Media Innovationでは、世界中のパブリッシャーを支援するPiano JAPAN株式会社との共催で、5月29日にメディアのグロースをテーマにしたオンラインイベント「Media Growth Summit 2022」を開催しました。 毎日新聞社デジタル編集本部長の高塚保氏は、「編集DXでユーザーエンゲージメント向上目指す~毎日新聞社の取り組み」と題して、組織体制を改変し、サブスク獲得を目指す同社の挑戦について紹介しました。
高塚氏は、記者職として政治部で編集委員を務めた後、社長室で新規事業立ち上げを担当しました。その際に、多くのベンチャー企業や大企業の新規事業担当者と交流したことが、現在のデジタルでの取り組みに生きているといいます。
「ユーザーのペルソナを明確に設定し、どういったバリューを届け、そこに至るカスタマージャーニーを設定するか」は、ベンチャーや新規事業の立ち上げにおいて根幹をなしますが、毎日新聞デジタルでの取り組みもこれも同様だと高塚氏は述べました。
以前の毎日新聞社において、サイト開発からサブスク獲得、コンテンツやデジタル広告の販売に至るまでをデジタルメディア局が主体となり取り組んでおり、肝心のコンテンツの作り手である編集編成局がデジタルを担ってきませんでした。高塚氏は、この組織構造のために、記者たちが紙を中心とした発想にとらわれ、デジタルを中心に考えることができなかったと指摘します。
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そのため、同社は4月に編集編成局内にデジタル編集本部を創設し、編集編成局として制作からサブスク・コンテンツ販売を担う構造に改編しました。この改編で同社は、サブスク獲得等での編集サイドとビジネスサイドとの協働や、記者がデータを通して実際のユーザーの関心や動向に向き合うようになることを目指しています。
紙の時代において、記者の仕事は原稿を出した時点は終わりで、書いた記事が実際にどう読まれているのかは、編集局内や同業他社の記者、取材対象の評判を聞くに留まっていました。一方デジタルでは、原稿を上げた段階からスタートします。ソーシャルメディア等を通じた拡散や、公開後のデータや読者の反応の分析により、広く一般の読者にどう読まれているかを知ることが出来るのです。しかし高塚氏は、「ただ単に記者にデータを公開するだけでは、PVやCVを同僚と比較して一喜一憂するに留まってしまう」危険性にも言及しています。
その上で編集におけるDXとは、「ユーザーファーストに徹する」ことだと高塚氏は定義します。そのためには、ユーザーのニーズに沿った価値を提供するためのデータ活用と、ロイヤルユーザーを育てるためのサービスビジョンの明確化が必要であると述べました。
また、新聞社がユーザーファーストを実現する上での、ペルソナ設定の難しさも存在しています。バーティカルな情報を扱うメディアと異なり、新聞社の扱うニュースは、政治や経済からくらしや医療、スポーツに至るまで多岐にわたります。そのため、ユーザーも多種多様であり、ペルソナ設定も多種多様です。そうした様々なペルソナが設定されるなかで、サービス全体としてまとまりをもたせるビジョンの設定が重要になるといいます。
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PV数を追い求めるビジネスモデルとサブスクの増加を目指すビジネスモデルは対立するのではないか。そういった疑問に対して高塚氏は、実際には両立できるといいます。有料会員へ転換する可能性の高いミドルユーザーを増やすには、全体のUU数を増加させる必要があり、そのためにはライトユーザーを含めた流入増が必要になる。そのため、CV数だけでなくPV数も重要な指標になるというということです。
PV数の増加には、速報や一般的なニュースを数多く出すことが効果的です。しかし、そういった種類のコンテンツは、テレビや無料のニュースサイトで閲覧できるため有料会員の獲得には結びつきません。だからこそ、毎日新聞デジタルでしか読めないコンテンツを提供し、CVにつなげていくことが重要になると高塚氏は述べ、毎日新聞デジタルの方向性についての講演としました。
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新聞はかつて、折り込み広告やラテ欄、天気予報などを含めた、生活に必要なことがすべて印刷された「情報のプラットフォーム」として価値を持ち、購読されていました。しかし、そうした情報の箱としての機能がネットに代替される中で、ニュースそのものに価値を感じお金を払って頂くという、かつてない挑戦を余儀なくされています。既にデジタルでのサブスクに成功しているメディアの多くが、専門紙や雑誌といったバーティカルなものであることを考えると、「全てのニュースを網羅している」という、これまでの新聞の利点が、デジタルでの収益化における課題かもしれないと感じました。