【メディア企業徹底考察 #80】過去最大となるNHK受信料1割の値下げは誰を幸せにするのか?

日本公共放送(NHK)は、2023年度までの経営計画の修正案をまとめ、視聴者への還元策として2023年10月から地上契約・衛星契約ともに受信料を1割値下げする方針を打ち出しました。

受信料がほとんどを占める事業収入は、ピークの2019年度7,384億円から2023年度には6,880億円まで6.8%減少する見込みです。

それに合わせ、2019年度に7,115億円計上していた事業支出を、2023年度に6,800億円(4.4%減)まで縮小。「スリムで強靭な組織へ」と転換を図ります。また、財政安定のために蓄えてきた繰越金1,450億円を一部取り崩して赤字補填する方針を固めました。

■NHKの収支計画

受信料の値下げはNHKにとって凄まじいインパクトを与えますが、視聴者にとっては中途半端な印象を拭えません。それこそが、批判にさらされるNHK問題の本質を物語っています。

イギリスBBCの受信料はNHKの1.5倍

地上契約は月額1,225円から1,100円、衛星契約は2,170円から1,950円への値下げです。地上契約で年間1,500円安くなることになります。

NHKと比較されがちなサブスクリプションサービスのNetflixはベーシックプランが990円、huluが1,026円、Amazonプライムビデオが500円。これらと比較をするとNHKはやや割高な印象を受けます。

しかし、諸外国の公共放送の受信料と比較をすると見え方は違ってきます。

イギリスのBBCは年額22,168円(月額1,847円)、ドイツのARD、ZDFが年額27,073円(月額2,256円)。BBCはNHKの1.5倍、 ARD、ZDFは1.8倍の受信料を徴収しています。

■諸外国の公共放送における受信料等の制度(NHKの料金改定前月額1,260円、2,230円で計算したもの)

※1ポンド143.48円、1ユーロ128.92円、1ウォン0.0986円 資料は公共放送の在り方に関する検討分科会「諸外国の公共放送の受信料制度の状況

公共放送という側面で比較をすると、NHKの料金が割高なわけではありません。

朝日新聞社は2020年11月に実施した世論調査で、NHKの受信料をどう感じるかについて3択で聞くと、「高い」との回答が63%を占めたと発表しています。しかし、これは電話での調査。絶対評価で高いか安いかを問われれば、高いと回答するのが普通でしょう。

NHKが視聴者から否定的な目で見られるのは、国民の知る権利に貫かれた公正中立の報道姿勢に欠けており、視聴者に対して十分なコンテンツを提供しきれていないことが要因の一つにあると考えられます。イギリスにおいてメディアは権力者の監視役という意識が強く、BBCは政治家に対する切り込んだインタビューを行うことで知られています。

2022年9月のエリザベス女王国葬において、イギリス人の4割に当たる2,800万人がその模様をテレビにて注視し、そのうちの2,000万人はBBCを選択したと言われています。なお、イギリス内では50チャンネル以上のテレビ局が中継していました。視聴者がBBCに信頼を置いている証左です。

NHKが現在のように、民放キー局と変わらない報道姿勢、番組編成を行っていては、料金が高いと感じるのも無理はないでしょう。テレビ局としての権威性が高まらない限り、たとえ受信料がAmazonプライムビデオと同様の500円程度にまで下がったとしても、未来永劫高いと感じる人は減らないものと予想できます。

NHKを否定的に見る人が料金を支払わないのは、「視聴しないのに支払う理由がない」というもの。料金が高いという人は少数派です。1割程度料金を引き下げたところで、徴収率に大きな変化はないでしょう。

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徴収に関わる外注費600億円を削減

受信料の徴収率を見ると、BBCは93.4%、 ARD、ZDFは95.9%。NHKの82.1%と比較して他のテレビ局の高さが目立ちます。

実は日本以外の国では罰則規定が設けられています。イギリスでは1,000ポンド以下の罰金が科され、罰金未納の場合は刑務所へ収監されるという重いもの。支払わない人は犯罪者扱いです。

■諸外国における受信料等の支払対象者の把握方法

※ 公共放送の在り方に関する検討分科会「諸外国の公共放送の受信料制度の状況」より

罰則規定がないためにNHKは受信料の徴収に四苦八苦しています。年間の徴収費用は773億円。徴収額全体の10.8%が徴収するための費用に割かれています。BBCは147億円(2.7%)、 ARD、ZDFは217億円(2.2%)。罰則規定のない日本は強制徴収ができず、番組作りへの予算が削られるというジレンマに陥っているのです。

朝日新聞社は、NHKが2023年9月までに受信料の徴収をする外部スタッフを削減し、半数超を占める外部業者への委託を全廃することを決めたと報じています。外注費を削減すると、600億円程度が削減される見込みです。

この報道そのものを疑問視する声もある通り、確かにNHKが外注費のすべてを削減するのは難しいかもしれません。しかし、受信料の徴収業務を代行している株式会社エヌリンクスは、2022年2月期の決算説明にて、セールスアウトソーシング事業をNHK一社依存型から、複数社と契約して分散すると発表しています。

このことから、エヌリンクスがNHKからの収入が大幅に減少することを危惧していることがうかがえます。NHKが外注費を削減するのは間違いないでしょう。

■エヌリンクスのセールスアウトソーシングのビジネスモデルの転換

※エヌリンクス「決算説明資料」より

外注費を削減することにより、徴収率は低下する懸念もあります。

更にNHKは、2023年4月から受信料未払い時の割増金を2倍にすることを検討していると発表しました。

これは受信料を支払っている人から不平等だという声が絶えないことに配慮したもの。NHKには受信料についての問い合わせや意見が2か月で50万件近く寄せられています。そのうち、視聴者対応を行うふれあいセンターに届いたものは16,356件。その大部分は訪問員や営業活動への不満ですが、受信料制度への意見を見ると、「受信料制度への不満・不公平感」が多くを占めています。

■受信料への意見

※NHK「視聴者対応報告(2018年7~9月)」より

不平等感を解消するための取り組みとはいえ、割増金を2倍にすると 「視聴しないのに支払う理由がない」 と考える人の反発を招きかねません。割増金の引き上げで、徴収率が上がるのかは不確かです。

視聴者がデジタルに馴染んでいないことを問題視するBBC

NHKが経営の合理化で無駄な費用を削減し、スリム化を図ることは組織運営という側面においては歓迎できます。意味もなく1,500億円近く繰越金を積み上げていたのであれば、それを視聴者に還元することも有益でしょう。

しかし、今回打ち出した計画が組織を弱体化させるのであれば話は別です。公共放送は国営放送とは異なり、国家や権力から独立した放送機関です。国民の知る権利がそれによって保障されています。

BBCは優秀なジャーナリストやディレクターが集まることで有名。人材の厚みが権威性を保つ番組作りや報道姿勢を形作っています。

NHKは2000年ごろまでは文系の学生の人気就職先として上位にランクインしていましたが、現在はテレビ離れも影響してその魅力を失っています。また、NHKは民放キー局と比較して年収も低く、それが人気を失った背景の一つにもなっています。

受信料の値下げによって番組予算の削減が行われれば、不人気化に拍車がかかる可能性もあります。

BBCは2022年5月に改革案を発表。子供向け番組やドラマ、ドキュメンタリーなどを専門とする局をオンラインに移行し、国内・海外向けのニュースチャンネルを統合する計画を打ち出しました。経営合理化を図ると同時に、デジタル主導の合理化された組織づくりを行うとしています。

改革を行う背景には、BBCの視聴者がデジタル技術に馴染んでおらず、依然としてテレビやラジオを視聴していることへの危機感がありました。すなわち、BBCは視聴者をデジタルの世界へと誘う媒介者となろうとしているのです。

視聴者の目線で経営していることも、BBCが権威性を失わない要因の一つ。

本来、NHKも放送業界トップとしてBBCと同じように先陣を切るべき。NHKはデジタル技術が世の中に浸透し、既存のテレビ局の在り方が問われているという点を問題にします。これはBBCの視点と真逆。本来は視聴者のあるべき姿が問われなければなりません。

NHKについては、とかく受信料の徴収方法や料金体系について議論されがち。NHKは料金の引き下げで視聴者の声に応えました。しかし、組織が弱体化すれば後戻りはできません。その先は必ずNHK不要論へと行きつきます。

NHKは本質的な問題と向き合わなければならない時期がきて

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